私たちに赤い糸は無い
藍田レプン
私たちに赤い糸は無い
四十を過ぎて、十年付き合っていた男にふられた。私は彼といることが心地よかったし、同時に不満も感じていた。彼は私との性交に対してとても消極的だったのだ。最初からそうだったというわけではなく、最初はそれこそ若者に戻ったような気持ちで、会うたびにキスをし、抱きしめ合い、体を重ね合っていた。だが一年を過ぎたころから、彼はそういった肉体的なコミュニケーションを避けるようになった。理由はおそらく複数の要素が絡まり合った結果だろう。基本的に在宅のデスクワークで他者との肉体的な接触を求める私と、サービス業で毎日たくさんの人と話し、家に帰れば義母の世話をする彼とでは、肉体という熱を求める尺度が違うのだ。
それでも私は彼との恋愛はうまくいっていると思っていた。彼の仕事の関係上、二週間に一度しか一緒に一日過ごすことができなくても、彼は一緒にいる時はとても優しくて、紳士的で、私を大事にしてくれたから。
けれど、10年と少しが経ったある日の夜、私はいつも通り『今日もセックスはしないのか』と彼に聞いてしまった。
「熟年離婚とか、こういうきっかけで起きるんだよ」
と言ってしまった。その時は彼はそうだね、としか答えなかったが、その夜布団に入って寝ようとすると、
「気分が悪いから帰る」
と彼は私の家を出ていってしまった。
今日の発言で怒らせてしまったかな、と私は愚かにも、軽い気持ちで考えていたが、次の朝チャットで彼から『よく考えたけど、俺たち別れよう』と告げられた。
もちろんそこに書かれている文面は理解できる。理解はできるが、心が追いつかなかった。それは私にとって静かに忍び寄り静かに終わるものではなく、突然突き付けられた解雇宣言のようなものだったからだ。
熟考した末、私は彼に返信した。
「わかった。それなら今までのように体を求めたりもしないし、二週間に一度私の家に来なくてもいい。あなたが私に会いたいと思った時だけ来てくれればいいから、答えを出すのはもう少し待ってくれないか」
彼からは『冷却期間を置くってこと?』と返ってきたが、どう答えていいのかわからなかった。
それから私は彼からのチャットを待ち続けた。一週間、二週間、三週間、一か月、二か月、三か月……
三か月目で、私は折れた。三か月間一度も私と会いたくなかったのならば、もうこの恋は終わってしまったのだと、諦めがついたからだ。きっと理由は肉体的なものだけではなく、精神的な余裕の無さや、お互いの家が車で一時間かかるくらい離れている事や、私のわがままな性格や、小さなすれ違いや不満が積もり積もった結果なのだ。
私は彼と使っていたチャットアプリを開く。LINEは既読がつくのが厭だという私のわがままで入れた、彼とだけ繋がっているチャットアプリだ。
「今までたくさんの幸せをありがとう。私はあなたを幸せにできなかったけれど、幸せになってください」
返信はすぐに来た。
「こちらこそありがとう。君との経験は私にとっても多くの学びがありました」
こうして、私たちの恋は終わった。彼が別れを告げてから、一度も会うこともなく、電話をすることもなく、ただチャット上の文字だけで、最近の恋愛は終わるものなのだな、と私はぼんやりと考えていた。
私たちは結婚できない。私も彼も男性だからだ。私の住む街にはパートナーシップ制度もない。つまり、公的には、社会的には、私たちは最初から最後まで、赤の他人だったということだ。
だからこそ私は肉体の繋がりを求めた。私たち二人が愛しあっているという証が欲しかった。
けれど、多忙を極める彼にはその思いが重圧だったのだろう。
彼を恨む気持ちは全く無い。今までずっと無理をして、私との関係を続けてくれた彼の気持ちを思うと、申し訳なくすら感じている。
でも、もし日本でも同性婚が合法化されていたら。
彼との仲が公的に認められていたら。
もちろん、それでも結局私たちは駄目だったのかもしれない。
だけど、最初から選択肢を与えられなかった私は、赤い糸を手にする権利の無い私は、今でも不確かで虚しいつながりを求め続けている。
私たちに赤い糸は無い 藍田レプン @aida_repun
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