第70話 人生最高の日
抜けるような快晴が広がっていた。
教会の大きな鐘の下に、白いタキシードのユリウスと、ウエディングドレスのリリアが居た。二人は向かい合って見つめ合う。
その周りにはカラフルなドレスを着た貴族たちが囲み、幸せそうな皇太子たちを見つめている。
玉座にはユリウスの父親であるテイラー皇帝と皇后が座り、息子たちの晴れ舞台に満足げに頷いていた。
その群衆の中、ダークネイビーのタキシードを着たクロードは、教会の鐘を見つめ、どこかぼんやりとしていた。
隣に立つレベッカは、彼の手をそっと握る。
「すみません。先程は、差し出がましいことをしました」
酷い暴言を言っていたとはいえ、クロードの実の両親に啖呵を切るなんてやるべきではなかったかと、レベッカは謝る。
「いや……」
しかし、クロードは手を握り返し、首を横に振った。
「俺はずっと、あの人たちの言いなりになって生きてきた。
自分の意思なんてない、ただの人形だった。……それでいいと思っていた」
生まれながらに兄たちとは区別され、虐げられていた彼の心の影の部分。
「恥ずかしいけど、反抗したのはさっきが初めてだ。正直、胸がすっとしたよ」
眉を下げ、クロードは言い返してくれたレベッカに感謝を伝える。
「それに……嬉しかった。ありがとう」
彼の長所を羅列した。自分でも驚くほどスラスラと言えたのだ。
それほど、彼に普段から感謝しているのだとレベッカは伝えたかった。
「ふふ、本当はもっといいところあるんですよ?」
「……じゃあそれは、二人きりの時に聞こうかな」
大勢の貴族が集まる大広間のパーティで言われ、恥ずかしかったと言うように。
彼が人差し指を唇の前に立てたので、レベッカも合わせて笑った。
目の前の教会では、ユリウスとリリアが向かい合い、誓いのキスをしていた。
歓声と拍手が上がり、花吹雪が舞い上がる。
顔を離した後も、足りないと言わんばかりにユリウスはリリアのほっぺにキスをした。
くすぐったそうに、照れるリリア。
王国中から祝福されるに相応しい、お似合いの二人だ。
歓声にかき消されそうになりながら、レベッカは教会を見ながらそっと呟く。
「先程セリーヌ殿下が味方してくれなければ、ご両親から私たちの婚約は反対されていたでしょう。
そしたら、きっとクロード様はまた過去にループしていたはずです」
レベッカの言葉に、拍手をしていたクロードがはっと息を呑み、手を止めた。
厳しいライネル公爵夫妻が、格下のエイブラム家との婚約など許す訳がない。しかも婿養子など恥知らずだと、きっと二人は引き離されていた。
クロードに別の婚約者を用意し、無理やり結婚させていたかもしれない。
そうすればクロードはまた深く絶望し、レベッカと結ばれるため過去に戻る、無限のループを繰り返したに違いない。
レベッカは背の高いクロードを見つめ、微笑む。
「クロード様が、私の幸せを一番に考え、店を開かせてくれたから、私たちは一緒になることができたんです。
分岐点で最善の決断をしたんです」
無限にある人生の分岐点で、彼は一番良い選択肢を選んだに違いない。
それは、クロードが自分の損得や利己的なものではなく、『愛しい彼女の幸せ』を一番に望んだからだろう。
両親への説得が失敗すれば、またループするはずだと怯えていたクロードは、レベッカの言葉に納得し、目を細める。
「……そうだな。あとは君が声を上げて、殿下の気を引いてくれたおかげでもあるな」
「あ、確かに」
大人数の広間の端で静かに行われていた親子喧嘩は、周囲にいた人は気がついていただろうが、中央の皇族たちは気が付かなかったはずだ。
勇気を出した甲斐があった。
「君と出会ってから、俺はどんどん欲張りになっていく。
もっと君と一緒にいたい、俺も、幸せになりたいって思ってしまうんだ」
花吹雪が舞う中、クロードは笑った。
冷徹公爵とは程遠い、心からの笑顔で。
幸せになることすら願えなかった彼の人生が変わったのは、レベッカのおかげだと。
「おーい、クロード!」
声がかかったので顔を上げると、教会の鐘の下でユリウスが手を挙げていた。
すると隣に立つ純白のドレスのリリアが、手に持っていた薔薇のブーケを空高く投げる。
青空の下、弧を描き飛んできたブーケは、クロードの腕の中に飛び込んできた。
花びらが舞い、歓声が上がる。
新郎新婦のユリウスとリリアは、笑顔で手を振っている。
「クロード、次はお前が幸せになる番だぞ!」
金髪を輝かせ、テイラー国皇太子は無邪気に叫ぶ。
「俺の、唯一無二の大親友なんだからな!」
クロードは、ユリウスを見つめてまるで時が止まったかのように驚いていた。
ブーケを胸に抱くと、力強く頷いて手を振り返す。
「ああ、ありがとう!」
周囲から拍手が上がり、ユリウスとリリアは手を振っていた。
次は二人で誓いの鐘を鳴らすようだ。
「ははっ、まったく……」
クロードの青い瞳から、涙が一筋頬を伝った。
彼の心の中の悩みの、全てが消えた瞬間だったのかもしれない。
「……今日が、人生で一番幸せだ」
心から滲み出た彼の本心は、歓声にかき消され、隣のレベッカにしか聞こえなかった。
「もっともっと、幸せな日を増やしましょう。私と二人で」
優しくクロードの頬の涙を拭い、レベッカは微笑む。
二人の永遠の幸せを願い、教会の鐘の音が鳴り響く。
「ずっとそばに居てください、クロード様」
「ああ、もちろんだ」
真紅の薔薇と白い霞草で作られたウエディングブーケは、ブルベ冬の彼にとても似合っていた。
クロードの手を握ったら、指先から温かさが伝わってきた。
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