第53話 開店当日

学園が長期休暇に入るまでの1週間は、一瞬で過ぎ去ってしまった。


レベッカは寮の自分の部屋に置いてあるドレスやワンピースを全て集め、人様に貸し出すのだからとほつれている部分は縫い直し、天日干しにする。


また、今回はレンタルがメインだが、作ったドレスの販売もしたいため、季節や着る人の年代を選ばない、シンプルなドレスを手づくりしていく。


授業が終わり、自分の部屋に戻り、寝るまでの間。ひと針ひと針気持ちを込めて。


手を動かしている間は、心の中が整理される気がする。


舞踏会で星屑の下話したことや、紅茶を飲みながら食べたケーキの味、彼の手の温かさを思い出す。


針を進めながら、クロードと過ごした日が、何度もレベッカの頭の中で繰り返される。




* * *



そして、店の開店当日がやってきた。



「よし、こんな感じで良いかしら」



レベッカが店の扉の前に出したのは、手書きの看板だ。


そこには『レベッカ・クローゼット』と書かれている。


レベッカの理想のクローゼットの中のような素敵な服がたくさんある、という意味でつけた、この店の名前だ。


城下町の通りから見えるように、窓の前には華やかなペールピンクのドレスを飾ってある。


店の扉を開けて入ると、右手には舞踏会などに着て行くのに相応しいドレスやアクセサリーが置いてあり、左手には普段使いできるシンプルなワンピースや靴が並べてある。


店の奥には男性の服も取り揃えてあり、タキシードやスーツ、ベストやズボンがある。


クロードが一度自分の屋敷に帰り、着ていない自分や2人の兄の服を持ってきたものだ。


持ちきれなかったのか、従者の運転する馬車にいっぱいの服を積んできてくれた。


しかし、帰ってきた彼の顔はなんだか疲弊していて、両親や兄と何か言い争ったのかもしれないと思ったが、頑なに彼は何も語らなかった。


店に並べる数時間ほど、無表情で何かを考え込んでいて、レベッカの前では穏やかなクロードとは違い、噂で流れる「冷徹公爵」に戻ってしまっていた。


それだけ、彼は家との確執があるのだろう。


一息つこうとレベッカは温かい紅茶を淹れ、開店前の店内で2人で飲むと、ようやくクロードの表情が柔らかくなってきた。



「なかなか良い店に仕上がったな。君のセンスが良いんだろう」



店の中に並べられた服や調度品を見回しながら、クロードはそっと微笑む。



「改めて、ありがとうございます、クロード様」



紅茶のカップを置き、レベッカは頭を下げる。



「あなたのループを止めるための策が、私の夢を叶えることだなんて驚きましたが……おかげさまで、自分のお店を開くことができましたわ!」


小さく拍手をしながら、レベッカは嬉しそうに声をあげる。



「期間限定で、経営も未経験ですけどね」



頬を掻きながら、少し不安も吐露するが。


前世でもできなかったことを、大好きなゲームの世界の中でやれるなど思わなかった。



「大丈夫だ、俺もいる。……さあ開店だ」



クロードの言葉は、短いけれども確実にレベッカの気持ちを後押ししてくれる。


そう言って、クロードは店を開くためゆっくりと立ち上がる。




* * *




晴れた昼下がりの城下町は、人通りも多く賑わっている。



「本日開店いたしました、素敵なドレスや靴を貸し出します!」


店の前で、レベッカが道行く人に声をかける。



「魅力的な自分になって、お出かけしませんか?」


窓からは、煌びやかなドレスが飾ってあり、貸し出すということが珍しいと人々の視線も集まる。


しかし、好奇心や興味の目は向けるものの、足を止めることはなく、皆各々の目的の場所へと向かってしまう。


着飾った若い恋人同士、子供を連れた買い物帰りの母親、シルクハットに背広を着た紳士。


老若男女、様々な人が通るが、なかなか足を止めない。



(前職の、店舗オープニング時を思い出すわ。

 挫けちゃダメ、根気強く呼び込みしなきゃ…!)



「家にはない服を、試しに着てみませんかー?

 あなたにぴったりな服を一緒に選びます!」


店の中で準備をしていたクロードも、外に出てきてレベッカの横に立つ。



「男性の服もあるので、ぜひ」



大声を出すのは苦手そうな彼だが、一生懸命声を出してくれている。


すると、一人の貴婦人が、レベッカの声に足を止めていた。



「あら、面白そうなお店ができたのね」



栗色の髪を編み込み、アップにしている婦人は、真っ白な日傘を持ったままレベッカに声をかける。



「今からお茶会に行くのだけれど、よかったら服を見立ててくれませんこと?」



真っ赤な口紅を引いた唇をほころばせ、記念すべき1人目の客人が来店した。

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