第33話 君の隣には俺が

そして、悪い予感は的中した。



「俺、レベッカのことが好きかもしれない」



悪い予感ばかり当たるものだ。


人気の無い校舎裏、木陰の下で、まるで秘密を共有するかのように、ひそひそ話でユリウスは告げた。



「誰にも言わないでくれよ、クロードだけに言うんだ」



唇前で人差し指を立て、恥ずかしそうに笑うユリウス。


金髪が風に揺れる。


勉強会の帰り道、俺が大声をあげ二人の会話を邪魔したおかげで、リリアとレベッカは口喧嘩をすることはなかったようだ。


レベッカの悪い噂が流れることはなく、リリアが俺を好きになることもなかった。



なのに。



バイオリンが弾けるというのが、ユリウスの琴線に触れたのか知らないが、次の日から、休み時間ユリウスはレベッカに積極的に話しかけにいった。


凛としたきつめの美人であるレベッカが、嬉しそうに頬を綻ばせて、ユリウスに返答していた。


リリアは、最初こそ面白くなさそうに無表情で二人の様子を見ていたが、すぐに次のターゲットを決めたのか、侯爵相手に愛想を振り撒き始めていた。


俺は教室の端で、その様子を見ているだけだ。



「……何でだ」



ポツリと、言葉がこぼれ落ちる。


俺は恥ずかしそうに好きな相手を告白するユリウスを睨みつけ、



「君は、リリアが好きなんだろう……!」



思わず前のめりになり、彼の襟元を掴んでしまった。

何故わざわざレベッカを選ぶんだ。


この国の皇太子である君は、どんな女子を選んだってみな喜んで受け入れるだろうに。


なぜ彼女なんだ。



俺が、おめでとう応援するよユリウス、と言うと思ったのか?


「お、おい、どうしたんだよ。

 俺、リリアを好きだなんて言ったことないだろ」


友人に急に詰め寄られ、怒るどころか呆気に取られたユリウスは、至極当然のことを言った。



一度目の人生で、ユリウスは舞踏会でリリアにプロポーズをした。


二度目では、俺がリリアと婚約した。


そして三度目の今回は、ユリウスはレベッカを好きだという。



勉強会の帰り道の、廊下での行動だけだ。

その一瞬の出来事が、こんなに人生を変えるというのか?



下唇を噛み、掴んだ襟元を離す。


そうだな、という同意のセリフしか出て来ず、顔を伏せるだけだった。



*  *  * 


それから、底抜けに明るく、誰からも好かれる星のもとに生まれた皇太子の行動は早かった。



「舞踏会で、レベッカをダンスのパートナーに誘おうと思って」


「ダンスが上手く踊れたら、舞踏会の最後にプロポーズするって決めた」


「プロポーズを受けてもらえたぞ、良かった!」


「俺とレベッカの結婚式に、親友のお前がスピーチを読んでくれないか?」



『一度目』で、リリアにやったことと同じことを、ユリウスはレベッカにしたのだ。



ああ、そうか。そうだな。


どの言葉にも、そう答えるだけの、王子の腰巾着。



それからのことはよく覚えていない。



ただ、髪の色と同じ赤いドレスで、ユリウスにエスコートされてダンスを踊るレベッカは美しかった。


ユリウスに手を取られ、プロポーズをされた時に、頬を伝った嬉し涙は綺麗だった。


頬を染め、真紅の瞳を潤ませて、ユリウスを見つめるその眼差しの先に、俺はいなかった。



*  *  *



皇太子と皇太子妃の結婚式。


学園中の生徒や貴族が集まり、それは盛大に式は盛り上がった。


白いタキシードを着たユリウスの横で、美しく着飾ったレベッカが優しく手を振っている。


俺は、友人代表として書いたスピーチ用の手紙を破り捨て、背を向けた。



「くそっ………!」



潤んだ瞳でユリウスを見つめるレベッカなど見たくない。


君の隣には俺が立ちたい。


公爵家の地位だとか、そんなものはいらない。望みはそれだけなのに。




* * *



瞼を開く。


「クロード。勉強会も終わったし、ちょっと気晴らしに散歩でもしよう」



園庭のベンチに座る俺、起こすユリウスの声。


明るくて朗らかな、人望の厚い皇太子。俺の親友。


今はどうにも憎くてたまらない、その笑顔。


お前にレベッカは渡さない。


拳を固く握り、奥歯を噛み締めた。



「……ああ、そうだな」



4度目のループに、どうやったらここから抜け出せるのか、気が狂いそうだった。

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