第32話 嫌な予感

もう3度目だ。


もしかしたら、俺が後悔せず、全て望み通りの結末にならなければ、何度もこの場面からやり返すのか?


勉強会が疲れたと、大きく伸びをするユリウスを見るのも、3度目。


廊下でリリアとレベッカが言い争う場面での行動で、こんなに結果が変わることなんてあるのか。


俺は頭を抱えたまま、ため息をつく。


リリアが転んだら、レベッカが突き飛ばしたと悪評が周り、追放令が出る。


リリアを転ばないよう助けたら、俺が惚れられる。


何故かリリア中心に俺の人生が回っているようで、無性に腹が立つ。



「クロードどうした、頭でも痛いのか?

 根詰めて勉強しすぎたんじゃないか」



ユリウスが心配そうに、ベンチに座ったまま立ち上がらない俺を見て声をかける。



「じゃあ…ならば…」


「クロード?」


「二人が言い争う前に、仲裁に入ればいいんじゃないか……?」



ぶつぶつと呟く俺に、ついにおかしくなったんじゃないかとユリウスが引いている。


レベッカとリリアが話す前に止めればいいんだ、俺が。


そう思い立ち上がると、校舎内の廊下に向かって走り出した。


土を踏み、庭の草木をかき分け、園庭を横切り、最短で向かう。


広い校舎の端、日当たりの悪い薄暗い行き止まりに、今まさに二人の少女が向かい合って話をしようとしていた。


レベッカが口を開こうとした瞬間、



「君たち、ここは立ち入り禁止だ!」



大声を張り上げ、手を挙げ制止する。


レベッカとリリアが、大層驚いて一斉に俺の顔を見た。


普段は仏頂面で、ろくに話もしない冷徹公爵が、大声を出したのが意外だったのかもしれない。



「く、クロード様……?」



正義感の強いレベッカが、今まさに皇太子にくん付けをするリリアを注意しようとしたところで、邪魔が入り目を丸くしている。



「この区画は建てたのが古く、これから修繕作業に入る。

 危険なので、生徒がいたらすぐに部屋に戻るよう先生に言われたんだ」



嘘も方便である。


咄嗟に思いついた言い訳だったが、いつも寡黙な俺が声をあげるぐらいだから本当なのだろうと、女子二人は信じたらしい。


気まずそうにレベッカとリリアは目を見合わせ、冷戦状態のまま二人は距離を取った。



「これからここ、修繕工事するのか?」



追いついた背後からのユリウスの問いには答えない。



「そうですか、じゃあ私は部屋に戻りますね」



ピンク色の髪を直し、リリアは頭を下げる。


レベッカに注意されると予想していたリリアは、良いタイミングで邪魔が入ったと、そそくさと女子寮の方向へと足早に去っていった。


俺も、ほっと胸を撫で下ろす。


リリアは転ばなかったし、二人が揉めることは回避した。


 これでよかったんだ。


たった一言だ。でもきっと、これで運命が変わる。



「私も失礼しますわ。

 ユリウス様、クロード様、ごきげんよう」



レベッカも姿勢を正し、会釈をすると俺たちの前から去ろうと歩き出した。



「あれ。そっちは女子寮と反対方向じゃないか? レベッカ」



数歩後ろに立っていたユリウスが、去り行くレベッカの後ろ姿に声をかけた。


なんてことはない、彼の単純な好奇心による問いかけだったのだろう。


皇太子からの言葉を無視するわけもなく、レベッカは振り返る。



「楽器室に用がありまして。

 少しバイオリンの練習をしようと思ったんですの」



赤い髪を耳にかけながら、微笑む。



「へえ、バイオリン弾けるのかレベッカ、すごいな!」



意外だったのか、ユリウスは称賛しながら彼女に歩み寄る。



「ええ、嗜み程度ですが……。趣味で弾くのは好きなんです」


「俺も昔練習させられたんだけどな。

 残念ながら俺には才能がないらしく、音楽は聴く専門なんだ」



貴族特有の優雅な会話だ。


恥ずかしそうに頭を掻くユリウスに、レベッカは唇を綻ばせる。



「あら…運動も勉強もできるユリウス王子の、意外な弱点ですわね」



くすくすと微笑む令嬢に合わせ、楽しげに笑い合う二人。



ざわり、と。


胸の中で何か嫌な予感がした。



「……行こう、ユリウス」



俺が声をかけると、ユリウスは名残惜しそうに唇を尖らせていたが、レベッカは手を振り会話を終わらせた。

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