既婚済みの同級生に出会って、幸せの格差を見せつけられた話

平日黒髪お姉さん

【同級生が結婚していた件】

【同級生が結婚していた件】


 つい最近、近所の回転寿司チェーンに出かけた。店内に入ると最先端のロボットが接客し、おひとり様の私をカウンター席へと誘導してくれる。紙に書かれた番号を見ながら、私は指定された椅子に着席し、腹の虫が鳴る胃袋にご褒美をやることにした。


 回転寿司と言えども、現在のチェーン店は通常通りに回っているわけではなかった。注文した商品しか、回ってこないのだ。


 多くの人々を苦しめた流行病や某回転寿司チェーン店で起きたペロペロ事件の影響を受けたのだろう。ただ、それ以上に驚いたのは、AIロボットがテーブルまで料理を運んでくれることだった。人員削減の危機と非難すべきか、IT技術の発達と喜ぶべきか。

 社会派学者コメンテーター気取りの発言を頭の中で繰り広げながらも、私は寿司をたらふく食べた。

 残るは会計だけだと、席を立ち、レジで並んでいると——。


「もしかしてナナちゃんですか? あの……小中学校の頃に一緒だったMだけど……覚えてる?」


 後ろから不安そうな声で喋りかけてきたのはMちゃん。学生時代は目立たない地味な子だった。でも笑顔が愛らしかったことだけは覚えている。昔の面影が残る顔だったので、私はピンと思い出し、言葉を紡いだ。


「あ、覚えるよ。Mちゃんね、Mちゃん。ひさしぶりだねぇー。中学校卒業して以来だから……もう十年前……いや、もっとかな?」


 こんな会話をして、私たちは昔話に花を咲かせた。と言っても、数十秒に過ぎなかったけど。昔はこんな会話をしていたなと学生時代のことがフラッシュバックしてきた。


「356番のお客様ー!! テーブル席へどうぞー!!」


 若い店員さんの声が響き渡る。

 それに伴う形で、小さな子供の声が聞こえてきた。


「ママー!! 早く行こっ!!」


 Mちゃんのお尻を叩くのは、小学生に上がるか上がらないか程度の小柄な女の子。目立たなかったMちゃんとは大違いで、声が大きく、活発らしい。

 そんな元気だが、小さな女の子はお父さんと思しき男性に手を握られていた。作業服姿を見るに、仕事帰りでここに来たのだろう。


 あっ、そう思えばと、私はMちゃんの薬指を確認。美しく輝く指輪があった。私が人生で誰からも貰ったことがない美しく輝く魔法のアイテムが。

 子供の頃は、いつの日か白馬の王子様が現れて、自分も貰えると思っていた代物が。


「それじゃあ、また今度ね!!」


 Mちゃんは幸せな笑みを浮かべ、旦那と子供と共に立ち去っていった。その後ろ姿を追いかけつつも、胸の動悸が激しくなった。呼吸が怪しくなり、目の前が暗転しそうになった。でも気を取り直し、私はお会計を済ませ、急いで寒空の元へと出た。


 温かい店内では気付かなかった。

 だが、外は凍るほどに寒く、強い風が吹きっぱなしだ。身体は凍えそうになるのだが、心の中は熱く燃え滾っていた。

 何に対してかは、自分でも分からない。

 ただただ、モヤモヤして、イライラして、頭の中が爆発するほどに悶々とするのだ。

 どこにも矛先がない怒りを抱えながらも、私は荒く呼吸を吐きながら、愛車のN-BOXへと戻る。


 エンジンを入れずに、運転席のハンドルを握りしめ、身体を縮こませて、ただただ泣いた。言葉を使うこともなく、ただ涙を流し続けた。まるで小さな子供のように。


 私は悔しかったのだ。

 私は羨ましかったのである。


 自分が持ってないものを手に入れたMちゃんのことが。自分が持っていないものを手に入れた同級生のことが。

 昔は一緒の位置に立っていたのに。

 今では——。

 私は孤独な人生を歩み、彼女は人に恵まれ幸せな人生を歩んでいる。

 その抗えない事実が辛かった。人生をやり直したいと何度思ったことか。何度願ったことか。何度神様に祈ったことか。


 もしも、私に家族がいれば——。


 家族全員で回転寿司に出かけていたのだろう。一人で虚しく社会派気取りのコメンテーター役設定の自分と対話することもなく、旦那や子供の話を聞きながら「それもいいね!」「えっー!! 嘘でしょ~!!」などと大きな声で笑っていたのだろうか。


 もしも家族がいれば、私は「次の子供のことも考えて買い換えようよ! 子供たちが大きくなったら、N-BOXは小さいわよ」みたいな幸せな会話をしていたかもしれない。


 そう思えばそう思うほどに——。


「ああ、惨めだ。本当惨めすぎる……」


 堪えても堪えきれない涙の数々。

 この涙を流すのが、あと10年。あと7年、あと5年、あと3年早ければ——。


 私は全く違う人生を歩んでいたのか。

 でも、私の性格上、誰かを好きになることはないだろう。誰かを好きになっても、裏切られるのが目に見えて分かってしまうから。


 アイシテル。

 たった五文字の魔法の言葉。

 その言葉に、その響きに。

 私は何度騙され、涙を流してきたか。


 大切な人に裏切られ。

 大切な人に見捨てられ。

 大切な人に思うように弄ばれ。

 人生を狂わされた私は——。


「……明日は絶対死のう」


 私は小声で呟き、涙を拭き取った。

 今の私にとって、「死」とは救済だ。

 死ぬことでしか救われないのである。

 誰かを愛することも、誰かに愛されることも拒み続けてしまった愚かな私には——。


 もう全てが遅かったのだ。

 もう時が許してくれそうにないのだ。

 だからこそ、今の私は「死ぬ」ことだけを考えて、今を生きている。明日死んだら、新たな人生を歩めるんじゃないかなと。新たな人生を歩めたら、次こそは幸せになると。


「…………でも、独り身も悪くない!!」


 何度同じ言葉を吐いてきたことか。

 私は自分を納得させるために、今までの自分を肯定する言葉を投げかけてあげる。一種の麻薬と同じだ。肯定する言葉を吐けば、どんな苦しみも痛みを幾分かは楽になれる。


「家の中に自分以外の誰かが居るとか絶対ありえない!! 自分の好きなことだけして、生きていけないもん!! それに最初は真実の愛とか言ってるけど、段々と愛は冷めるもんねぇ〜。もう、私は全部知ってるから!」


 老後問題はあるけど。

 それ以外は全然何も怖くない。

 守るべき者も愛すべき者も居ないから。

 ただ、自分勝手に生きていいから。


「はぁ〜。切り替え大事ッ!! 帰ろ!」


 家にさっさと帰ってお風呂に入ろう。温かい湯船に浸かれば、嫌なことは全部忘れるはずだ。そう決意し、真正面を向く。


 バックミラーには誰も乗っていない。

 乗車は一名。運転席に私だけ。

 街並みは十二月に入り、クリスマス一色に染まり、見事なライトアップが施されている。その美しい人工の光に感動しつつも、私は一人寂しい夜が待つ自宅へと帰るのであった。


 もしも、結婚はしたほうがいいのか。

 こんな質問を投げかけられたら、私はどう答えるだろうか。

 今回私が選んだ人生はイレギュラーなものだったんだと思う。人生が10回あれば、1回ぐらいは結婚しない人生を歩む場合もあるだろう。多分、それが今回だったんだと。


 ただ、これは自分が最終的に選んだ人生。

 人生は一度切りだと思い、お一人様の未来を歩んでしまった私の歴史だ。


 だから、何も後悔はない。

 うん、きっと後悔はないはず——。



◇◆◇◆◇◆


※創作ってことにしててください(´;ω;`)

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