男嫌いの美少女盗賊は、凄腕すぎる剣士の荷物を狙う

神伊 咲児

第1話

 本当に、男は最低な生き物だ。


 あれは忘れもしない二年前のこと。

 私は盗賊に追われたことがあった。


 もちろん、そいつらは男だ。


 無一文の私を取り合うように追い回す。


 目的は、私の体。


 なんとか逃げ切ることはできたけど。

 あの恐怖は今も忘れない。


 男たちの目は血走り、口からは唾液を垂らす。

 欲望の赴くまま。私の体を追い求める。

 まるで死肉を喰らう怪物、アンデッドのように。


「おい。あっちに行ったぞ。捕まえろ! でへへ」


 今でも夜中にうなされる。


 本当に、最低で、下衆な生き物だと思う。




 私の名前はリオ。

 十六歳。

 

 あんなことがあって以来。

 男が嫌いになった。

 

 今は、国境付近で男だけに絞って盗っ人をしている。

 『フォックスガール』なんていう異名もついていた。

 被害総額は四十万コズンといったところか。

 スケベな男は痛い目を見ればいいのよ。


 フォックスガールは男だけを狙う盗賊だ。

 変装が得意なので、自警団が手配する人相書きは困難を要する。

 正体不明の大盗賊。それが私なのよ。


 今日もいい獲物を見つけた。


 峠を渡る男が一人。

 年は二十代といったところか。

 華奢な体で弱そうだ。

 目は眠そうで、なんだかやる気がない。

 一言でいえば冴えない男だろう。


 気になるのは背負っているリュックだ。

 あれは隣国に運ぶ荷物。

 鷹の刺繍はエイベール国の紋章だ。

 間違いない。あのリュックは王城の荷物だ。


 隣国のビィン国までは徒歩で行けば八時間で着くだろうか。

 この山道は険しくて馬が使えない。

 だから、あの男は徒歩で貴重品を運搬する使いの者なんだ。

 

 ふふふ。警護をつけずに一人で運搬するなんていい度胸をしている。

 短い距離だから安心しているのかしら?


 なんにせよ不用心ね。

 ふふふ。いい鴨だわ。


 私の格好といえばミニスカートに胸の開いた露出度の高い服装。

 絶対に男が見惚れてしまうやつだ。

 加えて武器を持たない丸腰。

 男はこういう女に弱い。


 ある時は踊り子、ある時は旅人。そして、今回は山羊飼いの少女。

 変幻自在の大泥棒。それが私、フォックスガールなのよ。


 私はすれ違う振りをして男にぶつかった。


ドン!


「あん」


 大袈裟に尻餅をつく。


 さて、男の方はどうかな?

 一緒に地面に尻餅をついてさ。

 運命的な出会いってわけね──。


 あれ、おかしいな?

 結構、強めにぶつかったのにさ。

 尻餅はおろか、後退りさえしてないじゃない。

 案外、鍛えているのかな?


 まぁいいわ。

 私の体をジロジロと見てるのはわかるんだから。


 腰につけた武器は剣。

 おそらく剣士ね。

 要するに警護と運搬を両方やってるってわけだ。


 ふふふ。

 王城の兵士の荷物も何度か盗んだことがあるわ。

 単独行動は窃盗がもっともやりやすいのよ。


「す、すいません。私ったら、ついうっかりしてぶつかってしまいました」


「怪我はないか?」


「はい。ございません」


「よし。じゃあな」


 と、立ち去ろうとする。


「あ、お待ちください。ぶつかったお詫びをさせてください」


「いや。得に困ってないよ」


「ぶつかったお詫びをさせてください。私はリアといいます。この辺りに住む山羊飼いです。峠を渡る旅人に山羊の乳を売っているのです」


 まぁ、格好は山羊飼いじゃないけどね。

 今回も男を惑わせるセクシー路線です。

 毎回、コスチュームは変えているけどさ、露出度が高いのは男を騙しやすいからなのよねぇ。


「お詫びに山羊のミルクをご馳走させてください。もちろん、お代はとりませんから」


「へぇ。山羊のミルクか。丁度、喉は乾いているんだ」


「香りのいい野草をたくさん食べさせていますからね。とても美味しいミルクですよ!」


「じゃあ、一杯だけ。ご馳走になろうかな」


「あはは。良かった」


 さぁ、ここからが腕の見せどころよ。

 私が荷物を狙っている盗っ人とバレては意味がないからね。


 あくまでも自然に。

 それでいて運命的にね。

 男はそういうのに弱いんだから。

 

「王城の剣士様ですか?」


「んーー。ギルドの雇われ剣士さ」


 道理で服装が貧相なわけだ。

 剣は安物。……対象外だわ。やはり盗むのはリュックね。


 私はあらかじめ用意しておいた長椅子に男を座らせた。


「山羊はどこだ?」


「今は高原の方へ草を食べに行ってます。少し待っていてください。ミルクを持って来ますので」


 ふふふ。

 山羊なんか飼ってるわけないじゃん。

 

 ミルクはあらかじめ用意しておいたのよ。

 これに眠り草の粉末を大量に入れて……。ふふふ。

 このミルクを飲めばあっという間に熟睡よ。

 その間に、あのリュックはいただくわ。


 私はミルクをコップに入れて男に渡した。


「どうぞ」


 男はごくごくとミルクを飲み干した。


 やったーー!

 成功よ!!


「ぷはぁ! 美味いなこれ。たしかに野草のいい香りがするよ」


「でしょでしょ!」


 野草は眠り草だけどね。


 さて、睡眠効果が現れるまで時間を潰そうかしら。

 男って生き物は女の子と二人っきりで喋るとすごく喜ぶのよね。


「剣士様はお仕事中ですか?」


「ああ。王国に頼まれた荷物を運ぶのが仕事さ」


「へぇ……。王室が城兵を使わずに外注に頼むのは珍しいですね」


「この峠は盗賊が出るというからな」


「へぇ。盗賊……。女ですか?」


「まさか。男だと聞いているよ」


 おかしいな?


「遣いに出た王城の兵士が荷物を盗まれる事故が多発しているんだ。警戒した王室が俺に依頼をしてきたわけだな」


「それってフォックスガールじゃないですか?」


「フォックス? なんだそれ?」


「いえ。なんでもないです」


 この界隈には他にも盗賊が出るからな。

 それにしてもフォックスガールを知らないなんて、この剣士も大したことないわね。


「一人でミルクを売ってるのか?」


「はい。家族は幼い頃に亡くしました」


「天涯孤独か。いくつだ?」


「十六歳です」


「俺より五歳も年下だ。若いのに大変だな。……よし。ミルクを買ってやろう。水筒に詰めてくれ」


「あ、いえいえ。別にそんなつもりではありませんから」


「ミルクを売る商売なんだろう?」


「ぶつかったお詫びです」


「義理堅いんだな」


「いえ。そういうんじゃないんです」


 さて、ここから攻めるか。


「実は剣士様の顔が好みで……。つい見惚れちゃったんです。てへ」


 ふふふ。

 こういうのに男は弱いんだ。


 さて、反応は?


 男は私のことを親の仇のように睨んでいた。


 えええええええええええええええ!?


 怪しかった!?

 さりげなくやったつもりだったけど積極的すぎたかしら!?


 男は、目を細めて私を睨む。

 そして、


「じゃあ、俺は行くから」


「あ、え、ちょ」


 こ、これはまずいわ。

 眠り草の効果はあと数分もすれば効いてくるだろうし、今は会話で時間を保たせてぇええええ!


 会話は自然が鉄則。

 一度ついた嘘は撤回しない。

 信用を得るためにはやり通すのよ!


「ひ、一目惚れなんです! 本当です!! こ、好みのタイプなんです!!」


「…………」


 ああ、めちゃくちゃ睨んでくる。

 でも、まだ盗賊とバレてるわけじゃないわ。

 時間を作れば私の勝ちなんだから。


「て、天気がいいですよね!?」


「…………」


「す、素敵な剣ですね!?」


「…………」


「ギ、ギルドの仕事って大変なんですか!?」


「…………」


 だ、ダメだ。

 めちゃくちゃ疑ってる。

 いいわ。どうせもうすぐ寝るだけ。

 人気のないここで寝てくれればそれでいいだけなんだから!

 それまでは座っててもらうわ!

 会話の精査は問わない!


「大きな荷物ですね!?」


 本当は触れたくないけどね。

 会話ができればなんだっていい。


「……王城から受けた貴重品でね」


 やった!

 話してくれた!

 この話を広げてぇ。


「お、重そうです。あはは」


「持ってみるか?」


「え?」


 ラッキー! 

 丁度、持ち逃げするのに重さを調べたかったのよーー!!


「あはは。じゃあ、持ってみようかな。よっと……」


ズン……!!


 重っ!!


「な、なんですこれ!?」


「金塊」


「き、き、金塊!?」


「ああ。隣国に献上する品らしい。一千万コズンはするってさ」


「!?」


 い、い、一千万コズンーーーー!?


 それだけあれば十年以上は遊んで暮らせるわ。


 欲しい。

 

 絶対に欲しいわ、この金塊!!


 一世一代の大仕事よ。


 早く寝ろぉおおおおおおお!!



⭐︎



〜〜剣士視点〜〜



 なんだこの子?


 めちゃくちゃ可愛いんだけどぉ?


 白い肌。

 輝く金髪。

 大きな瞳は少しだけ吊り上がっていて男を惑わす色気がある。


 王国でも見たことがないほどに美しい。

 美少女すぎる……。


 それに……胸が……デ、デカい。

 華奢な体に大きなスライムが二つ。

 プルンプルンと揺れ動く。


 いかん。

 絶対に見てはいかんと思いつつもついつい見惚れてしまう。


 それに加えて、ミニスカートは反則でしょうよ。

 すらっと伸びた腿。

 歩くたびに布がまくれて下着が見えそうになる。


 は、はっきりいってめちゃくちゃタイプだ。


 そ、そんな美少女が、俺のことが好きだとぉ!?


 わ、罠だ……。


 これは絶対に罠に違いない。


 ミルクはいくらするんだろうか?

 危なかったな……。


 購入したら法外な値段を請求されて身の破滅に繋がっていたかもしれない。


 もう、そういうのは嫌なんだ。

 女で人生が狂うのは懲り懲りなんだよ。

 

 昔、酒場の女にハマって一千万コズンも貢いだことがある。

 女はとんずら。

 残ったのは借金の返済地獄だけだった。


 女は魔物だ。

 絶対にもう騙されないぞ。

 いくら可愛いからってな。

 絶対に流されたりはしないんだからな!


 俺に一目惚れしただと!?


 嬉しい……。


 いや、絶対に騙されないからな!!


──

全3話です。

残り2話。素敵なお話なのでブックマークをして最後までお付き合いくださいね。

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