気付かない、傷つかない

@nnnake

第1話

常々思うことがある。なぜ人は生きることの無意味さを賛美しないのだろうか。自由であることを望んでいるのでは無いのか。


朝、目が覚める。時計の針は7時を指している。僕の日常には異物が入り込む余地は無い。歯を磨き、顔を洗い、朝食をとって外に出る。イヤホンで音楽を聴きながら変わらない風景の中を歩く。歩く。


様々な人とすれ違う。犬の散歩をしているお婆さん、スマホ片手に駅へ急ぐサラリーマン、友達と会話をしながら歩く高校生、ランドセルを背負った子供。


一体自分はどこにいるのだろう。



「ねぇ、私に付き合ってくれない?」


突如後ろから声をかけられる。無視して歩き続ける。


「逃げられないよ」


突如、景色が揺れる。気を失ってしまう。目を覚ますと白い部屋にいた。何も無い、目の前の少女以外には。こういう時少しは動揺するべきなのだろうか。


「ここは?」


「この場所は処刑場。人生の役割を放棄した人間の。」


「役割?この世界では生きてるだけじゃダメなのか。」


「もちろん。人間にはその人が生きている理由がある。社会のため、家族のため、或いは自分のため。どこにも属さない人は私にとって邪魔でしかないの。」


そうか、世界の方から拒まれるなんてこんな光栄なことは無い。生きているというのもおこがましい、ただ死んでいないだけの自分を終わらせてくれるのか。


「出来るだけ楽に消してくれ」


「あら、こんなに素直な人は初めて。チャンスをあげようと思っていたけれどどうやら必要ないみたいね。最後に言いたいことはある?」


「そうだな…頼むから生まれ変わらせたりしないでくれ」


「そう…分かったわ。あなたには過ぎたものだったようね。さようなら。」


やっと無になれる。この世の全てから解放される。ありがとう。


朝、目を覚ます。時計の針は7時を指している。なにか夢を見ていた感覚が残っている。けれども無理に思い出そうとはしない。

どうせ無駄だ。また代わり映えのしない一日が始まってしまう。ルーティンをこなして鉛のように重い体を引き摺ってドアを開ける。


僕らは互いに拒みあっている。


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