バレンタイン特別話

 ※ペーンの恋の前に今日はバレンタインなのでグラフトン侯爵家のバレンタインを書きます。


 ୨୧⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒୨୧


「お母様、なにを作っていらっしゃるの?」


「これはね、ナサニエル様に差し上げるチョコよ」


 グラフトン侯爵家の厨房で、私はたくさんの種類のチョコを並べて試行錯誤を重ねていた。


「お父様に? だったら、私もお手伝いしたいわ!」


「私たちの思い出を表現したチョコを作ろうと思うのよ。いろいろな味のチョコをいっしょに食べる時間が待ち遠しいわ」


 私はエリザベスに説明する。ナサニエル様と初めて会ったのは、グラフトン侯爵家にクラーク様のことを謝罪しに来た時だった。クラーク様は私の最初の婚約者。あの方は本当に愚かな方だったけれど、そのおかげでナサニエル様に巡り会うことができたから、今では深く感謝しているわ。


「思えば、ナサニエル様にあの瞬間一目惚れしたのよ。とても素敵だったのよ。背も高くて、均整のとれた体つきは騎士にひけをとらず、当時のお父様の麗しさと美しさは至宝の宝だと、私は思ったわ」


「お母様。お母様は間違っていますわ。だった、ではなく、現在進行形です。今のお父様もとても素敵です。私はお父様のような男性と結婚します」


「もちろん、ナサニエル様は今も素敵ですよ。年々、素敵になっていくわ。ナサニエル様のような男性・・・・・・なかなかいない気がするけれど、エリザベスにとっての最高の男性は、きっと見つかるわ」


「はい! お父様は私の理想ですもの。お母様のように聡明で綺麗になって、お父様のような男性の妻になることが目標ですわ」


 エリザベスは頬をピンクに染めて、ナサニエル様が大好きだと言った。娘に愛されるナサニエル様で、私も鼻が高いわ。私もお父様が大好きだから、私の遺伝もあるのかもしれない。




 チョコの説明に戻ると私たちが初めて会った時、ナサニエル様は緊張していたし、とても悲しそうな顔をしていたわ。だから、あの時の出会いを象徴する色は寒色系だと思う。ホワイトチョコレートに天然の青色素を混ぜ込み、鮮やかな青色のチョコレートを作った。これはナサニエル様の氷魔法にも通じる色合いだと思う。


 何回も会ううちに、少しづつ微笑みが多くなったナサニエル様は、オレンジ色のイメージ。私が大好きな笑顔は今だって破壊力がありすぎる。だから、オレンジリキュールをミルクチョコレートに加えて、オレンジの香り豊かなミルクチョコレートも作った。


 私たちの結婚式を行った王宮の庭園には薔薇が見事に咲き誇っていたから、愛と新鮮な始まりを象徴するラズベリーとローズのチョコも作る。


 エドワードの誕生は私たちの人生に新たな愛と喜びをもたらしたわ。滑らかで優しいミルクチョコレートは、新生児の柔らかさと純粋な愛を表現する。このシンプルなチョコレートを共に味わうことで、初めて息子を抱きしめた時の感動が蘇るわ。


 双子の姉リリアンの誕生は、私たちの生活に活力と冒険の精神をよびおこした。女の子でありながら、自分を『僕』と呼び、魔法騎士団総長になりたいと本気で願う個性的な娘。ダークチョコレートの強さとオレンジピールの爽やかさは、リリアンの活発な性格と新しい発見への喜びを象徴している。


 双子の妹エリザベスの誕生は、私たちの家庭にさらなる愛と朗らかさをもたらした。ホワイトチョコレートの甘さとストロベリーのフレッシュな酸味は、エリザベスの穏やかな笑顔と優しい心を思い出させる。このチョコレートを共に味わうことで、私たちは家族が完全な形になった瞬間を振り返り、その幸せを再び味わうことができるわ。   


「お母様。お手伝いして思ったことですが、このチョコたちはみんな、お母様の好物な気がします」


「え? そうだったかしら? でもね、ナサニエル様と私は好みが一緒だから問題ないわ。それにね、ナサニエル様は私が作ったものは、なんでも美味しいと思ってくださる素晴らしい男性なのよ」


「わかります。お父様はお母様が大好きですもの。私もお父様が好きそうなものを別に作っていいですか? 最近のお父様は紅茶よりコーヒーをよく飲まれますし、ウィスキーもお好きでしょう? お祖父様にも同じ物をさしあげたいわ」


「まぁ、それはとても喜ばれるわね。せひ、作ってあげて」


 ダークチョコレートにウィスキーを練り込んでいるエリザベスの口元は楽しそうに微笑んでいた。ウイスキーの複雑な香りと味わいがダークチョコレートの深みを引き立て、リッチな風味を楽しむことができそうね。

 

 コーヒービーンズを砕いて混ぜ込んだミルクチョコレートバーは、グラフトン侯爵家のコックに手伝ってもらっていたけれど、最高の出来映えだった。流石は私とナサニエル様の娘だと思う。


「うわっ。なにを作っているんだ? 僕にも味見させてよ」

 リリアンは私たちが厨房にいるのを見つけて駆け寄ってきた。成長するにつれておしとやかになるかと思ったリリアンは、ますます男っぽい口調になっていき、しなやかな細身の体つきながら、よく見れば腕や足には女の子らしくない発達した筋肉がついていた。けれど、顔だちは上品で綺麗だから言葉とのギャップが凄い。でも、これも個性として私は受け入れているわ。


「チョコレートはみんなのぶんを用意していますよ。お父様には特別にラッピングするけれど、あなた達は好きに食べられるようにお菓子籠に入れておくわ」


「ほんと? やったぁーー。お母様の手作りチョコって大好きだよ。なんといっても愛がこもっているからなぁ。ところで、エリザベスは何を作ったんだい? え? お父様用のウィスキー入りチョコ? うげっ、それはまだ食べられないな。アルコールは成人してからだ。コーヒーも苦いから苦手だし・・・・・・」

 リリアンはエリザベスのほうを向いて顔をしかめた。


「お父様の好物なのよ。きっと喜んでくださるわ」


「うん、そりゃ、喜ぶと思うよ。娘からのプレゼントを喜ばない父親なんていないだろう? お父様だったら、きっと感動して目をうるませるに決まっているもの。僕は最高のプレゼントを用意しているけどね」


「え! いったい、なにを用意しているの?」


 私は思わず大きな声をだした。リリアンがチョコを作っているところは見ていないし、まったく見当がつかなかったからよ。


「えっとね。すごく先の話だけどさ、僕が成人になって魔法騎士団員になり、いつかはお父様の跡を立派に引き継ぐことだよ。そして、僕はお父様を越える娘になる! これがお父様へのプレゼントだよ。僕が頑張って立派な魔法騎士団総長になったら、お母様だって喜んでくれるよね?」


「もちろんよ。とても素敵なプレゼントね」


 明るい赤毛と鮮やかな青い目の美しくも勇敢な英雄が、近い将来誕生するのかもしれない。神獣にまたがる伝説の美女とか、後世に伝わることになるのかしら? そう思うと、楽しい未来がいっぱいだわ。


 王都の学園に通い始めたエドワードが帰ってきて、ナサニエル様もグリオに乗ってグラフトン侯爵家に帰ってきたわ。今日は特別な日だから、みんなお茶の時間にはサロンに揃っていた。お父様もお母様も一緒で、グラフトン侯爵家はいつだって賑やかよ。


 まずはエリザベスがお父様とナサニエル様にチョコを渡して、お母様はお父様に、私はナサニエル様にさきほどのいろいろなチョコが入ったチョコレートボックスを渡した。


「エリザベスもデリアもありがとう。とても嬉しいよ。妻と娘からもらうチョコは最高だ」

 ほんの少しだけ目がうるんでいるのは、感動してしまうほど嬉しいからよ。


「お父様。僕はチョコは作れないからあげられないけど、将来はお父様越える最強の女性魔法騎士団総長になるから見てて! それが僕のプレゼントだからね」


「だったら、私はね、お父様を越える最高の男性と結婚するわ。音楽や絵画を学ぶために留学もしてみたいの。たくさんの国の言葉を話せるようになって、世界中を旅して、お父様以上の男性をみつけるわ。お父様、見ていてね」


「凄いぞ。楽しみだ。リリアンとエリザベスの夢は必ず叶うよ。ところで、エドワードの夢はどんなことだい?」


「私の妹たちはみんな凄い夢を持っていますね。私は魔法騎士団員も良いけど、グラフトン侯爵領やシルバーレイク領をより豊かに発展させて領民の住みやすい地にしたいです。このイシャーウッド王国をどの国より良い国にしたいんだ。世界中の人がここに来てみたいって思うようなね」


「あぁ、エドワードも立派な夢を持っている。なんて良い子たちなんだ」


「まったくだよ、ナサニエル君。なんて素晴らしい孫たちだ。あぁ、今日は実に良い日だなぁ」


「本当に一日、一日が素晴らしい日ですね。私たちも絶対に長生きして、孫の成長をこの目で見なければいけないわね」


 お父様やお母様が心の底から人生を楽しみ、私たちの子供を可愛がってくれて、グリオは私の子供たちをずっと守ると宣言してくれた。


「我はデリアとナサニエルの子孫を、命尽きるまで守ることに決めた」


「ありがとう! ところでグリオに寿命はあるのかしら?」


「わからん。多分、神と同じぐらい長く生きると思うから、当分平気だ」


「それって、当分というより永遠?」


 私たちの子孫はずっと安泰な気がする。もちろん、時代の変化でいろいろなことがあったりするだろうけど、アクシデントも人生のスパイスよ。きっと私の子孫たちは楽しい日々をグリオと一緒に過ごすことになるわね。


 

 

 ☆彡 ★彡




 グラフトン侯爵家には、見事な職人技で作られた暖炉がある。この暖炉は耐熱性に優れた石やレンガで構築され、その周囲を美しい木製の装飾が飾っている。この装飾は高級感あふれるデザインのマホガニー木材で作られており、その深い色合いと繊細な木目が、部屋に温かみを与えていた。


 暖炉の前には柔らかなラグが敷かれており、私とナサニエル様はそこで静かな時間を過ごす。外は冬の寒さが厳しいけれど、部屋は暖炉の温もりでいっぱいよ。その心地よい光が、私たちを優しく包み込んでくれていた。


 今夜のために用意した特別な手作りチョコレートの箱を開けると、一つ一つ愛情を込めて作ったチョコレートが美しく並んでいる。ナサニエル様は、感謝の言葉を口にしながら、チョコレートを一つ手に取り、それを半分に割って私に差し出してくれた。私たちはその味を共に楽しむ。


「なんでも美味しい物は半分に分け合って食べよう」

「一粒で何倍も美味しいわね」



 私はナサニエル様の手を握り、彼の目を見つめながら、これからも変わらぬ愛を誓う。彼もまた、私の手を優しく握り返し、愛の言葉を何度もささやいてくれた。


 外の冷たい風が窓を軽く叩く音が聞こえるけれど、私たちの心は暖炉の炎のように温かく、そしてバレンタインデーの夜は、私たちにとって忘れられない美しい思い出となった。この特別な日の終わりに、ナサニエル様と私は、贈り物としてのチョコレート以上に、互いへの深い愛と感謝を再確認し合った。


 子供たちが生まれ、時の流れに身を任せても、ナサニエル様への私の愛は日々新たに、より深くなるばかりよ。歳を重ねるごとに、彼の存在がいかに私の人生に根ざしているかを感じずにはいられない。彼の存在が私の毎日を明るく照らし、温かな光で包み込んでくれる。


 だから、こんな寒い夜でも心はしっかり温かい。ハッピーバレンタイン!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたを解放してあげるね 青空一夏@書籍発売中 @sachimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ