76 本当はナサニエル副団長が憧れ(アルドリック視点)

 目を覚ますと、私は白い天井を見上げていた。体中が痛みで痺れている。火傷と打撲が私の身体の至る所にあり、動くたびに痛みが走った。私はゴロヨに敗れ、騎士団の大訓練場に横たわっていたのだ。


 自分の傲慢さが招いた敗北。私はこれまでの自分を恥じた。平民を見下し、自分の力を過信しすぎていた。しかし、今、私は弱く無力に感じた。認めたくないが、ゴロヨは真の勇気と実力を持っていた。彼は私が持たない何かを持っている。


(たかが元漁師に負けるなんて、あってはならないことなのに! なにがいけなかったのだろう?) 


 ベッドに横たわりながら、私は長い時間をかけて自己反省をした。そもそも、私はデュモン子爵家の長男として育ち、貴族社会の期待に応えるための厳格な教育を受けてきた。漁師などに負けること自体がおかしな話なのだ。


 私の家系では魔法騎士としての役割が代々受け継がれていて、祖父も父も中隊長だった。自分はそれを超えたかったし、もっと上の爵位を賜りたかった。領地の仕事は弟と信頼できる執事に任せていた。弟は病弱だが頭が良く、法律、経済、土地管理に精通しており、私の不在中でも領地を効率的に運営する能力に長けていた。できれば、弟に爵位を譲り自分は魔法騎士として素晴らしい手柄を立てて、子爵より上の立場になりたかった。それこそナサニエル副団長のようになりたかったんだ。


 もちろん、ナサニエル副団長のような英雄的なオーラや実力は私にはない。あの方のようには到底なれないと思ってはいるが、あの方の補佐ぐらいならなれるだろうと自負していた。ナサニエル副団長は騎士団長になるはずだし、いずれは複数の騎士団長を束ねる騎士団総長になるはずだ。そうすれば、自分もそれに応じて出世できるし、名声も手には入り地位も爵位もあがるかもしれない。だから、どうしてもナサニエル副団長の補佐になりたかった。そんな下心と慢心が敗因の原因なのかもしれない。


 自分の心と対話をしてみてわかったことは、私はナサニエル副団長に認められ直属の部下になりたかったということで、ゴロヨに対してはみっともない嫉妬心を抱いていたということだ。


 さて、これからどうするかだが、ゴロヨとの関係をどう改善できるかを冷静に考えた。私もゴロヨも尊敬する人物は共通だ。私たちの間には深い絆が存在している。ナサニエル副団長を支えたいという共通の目的。それに気づいた時、私のなかで何かが変わった。




 数週間が経ち、私の怪我は徐々に癒えていった。そして、ゴロヨを訪ねる決意を固める。私は副団長補佐室の前に立った。副団長補佐室の扉は、その部屋の重要性を強く印象づける壮麗な造りだった。厚く堅牢な木材から作られており、その表面には複雑かつ精巧な彫刻が施されてた。彫刻には騎士団の紋章が刻まれ、力強さと優雅さを兼ね備えている。


 この扉はただの入口ではなく、力と名誉の象徴であり、補佐室の中で行われる高尚な活動を外部に対して誇示しているかのようだった。それは、副団長補佐という役職の重要性と、そこに集う人々の尊厳を象徴している。


 私は深呼吸をして、ドアをノックした。ゴロヨの「入れ」と言う声が聞こえると、私はゆっくりとドアを開けた。彼は驚いた表情で立ち上がり、私を見つめた。


「ゴロヨ補佐、私は謝るために来ました。あの日、私はあなたに対して不遜な行動をとった。私の嫉妬と狭量さが、私たちの間に亀裂を生んだのだと思う。しかし今、私たちは同じ目的を共有していることに気がついた。ナサニエル副団長を支えるという目的だ。私はあの方が目標であり、憧れなんだ。ナサニエル副団長を支えていく仲間に加えてくれないか?」


 ゴロヨは一瞬沈黙していたが、次の瞬間、彼の表情は和らぎ、涙を浮かべて喜びながら私の手を握った。


「アルドリック、お前の気持ちは理解できるぞ。お前の謝罪を受け入れよう。共にナサニエルのために力を尽くそう。ナサニエルの素晴らしさに気づいたのなら、もう仲間だろ。これから、よろしく頼むぜ!」


 なんの屈託もなく微笑む顔が眩しい。ゴロヨは私以上にナサニエル副団長に心酔している。早速、ナサニエル副団長の執務室に連れて行かれた。


「ナサニエル! こいつ、本当はナサニエルに憧れてて、補佐にどうしてもなりたかったんだとさ。その気持ちは俺もすごくわかるから、今日から仲間になった」


 嬉しそうに報告すると、ナサニエル副団長も朗らかに笑った。


「アルドリック中隊長、歓迎するよ。一緒にこの魔法騎士団をより良い未来へと導いていこう。それには君の協力が必要だ」


(私を必要だと言ってくれた・・・・・・。あの偉大な英雄が)


 自分の存在が認められたことが単純に嬉しかった。それ以降、私は貴族出身の騎士と平民騎士が争っていれば、必ず駆けつけ説教をするようになったのだった。お互いの良いところを尊重しあって協力しなければ、発展は望めないからだ。

 

 私たちは、新たな一歩を踏み出した。共通の目的のために、力を合わせることで、私たちの関係は新たな高みへと昇っていくだろう。私は心から、その新たな始まりを歓迎したのだった。



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