43 恥知らずなテランス侯爵

 そう言ってきたのは、テランス侯爵だった。公衆の面前で髪を切られ、私にあれだけの暴言を吐いたキャサリンはテランス侯爵家にとって魅力がなくなったようだわ。


(なんてわかりやすいの?)


「どうされたのですか? アンドレ卿は叶わぬ恋に苦しんでいたのでしょう? 新しい婚約者がいるにも拘わらず、キャサリン様のほうを優先させると聞いたような気がしますが?」


 私が意地悪く尋ねると、アンドレ卿は困ったように微笑み、あたりをキョロキョロと見回した。


「あっ、そんなところにいたのだね? バイオレット、こっちに来てよ。デリア嬢にナサニエル様。紹介します。これが私の婚約者のバイオレット・パティソン子爵令嬢です。身分は下ですが、性格が良くとても尽くしてくれます」


(凄い。まさか、そうくるとは思わなかったわ。キャサリンのことは、まるでなかったことにするつもりなのね)


「バイオレット様。このままアンドレ卿と結婚なさるおつもりですか? もし嫌なら、この件はグラフトン侯爵家が預からせていただきますわ。私の専属侍女とのさきほどのこともありますし」


「ありがとうございます! グラフトン侯爵家が後ろ盾になってくださるのでしたら、この場で正直に申し上げてよろしいでしょうか?」


 パッと明るく顔を輝かせたバイオレットが満面の笑みで宣言したわ。


「私、バイオレット・パティソンはアンドレ・テランス侯爵子息とは結婚しません! 婚約破棄させていただきます!」


「なにを言っているんだよ? 私たちは仲良くやってきたし、君は先日も私を好きと言ってくれたよな?」


「はい。ですが、今は大嫌いです! だって、キャサリン様とよりを戻そうとして、私を捨てようとなさいましたよね? 格下の子爵令嬢ですけど、私にだってプライドがあります。簡単に捨てられたり戻ってきたりしてほしくありませんっ!」


「なにを小生意気な! たかが子爵家の娘を侯爵家がもらってやろうと言っているんだぞ! ・・・・・・・」


「テランス侯爵。パティソン子爵令嬢の婚約破棄を受け入れろ。あのような発言をしておいて、今更なかったことにはできない。セシルはキャサリンを控えの間に連れて行き、着替えさせてやりなさい。デリアへの暴言は聞かなかったことにしよう。グラフトン侯爵家が厳しく行儀見習いをさせ、もっと賢明な女性になるよう教育しなおす」


 お父様がこの場を収めるように、威厳のある声でテキパキと指示をなさった。


「えっ! キャサリンはお咎めなしで、そのままデリア様の専属侍女になるのですか? でしたら、やはりキャサリンとアンドレは結婚させます」


 恥知らずなテランス侯爵の髪と髭に一瞬で霜が降りた。睫毛の先にまで細かな氷の結晶がつき、ぶるぶると身体を震わせる。


 お父様の上位魔法氷魔法かと思ったけれど、ナサニエル様だった。


「自分の損得だけに囚われて、女性を蔑ろにする人は許せないです」


 ナサニエル様の言葉にその場にいたご夫人がたは、頬を緩ませ賞賛の声をあげた。この日から、ナサニエル様を愛でるマダムたちのファンクラブが結成されたのだった。


 やはり、ナサニエル様の魅力は誰をも虜にするのですわ! 

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