25 ナサニエル様は素朴な家庭料理が好き

「スローカム伯爵は恥しらずな男で呆れる」


 そんな言葉を口にしながら屋敷にお戻りになったお父様は、お母様と私に今日あった事件をはなしてくださった。なんと、スローカム伯爵が庁舎までやって来て、全ての罪をナサニエル様に被せようとしたらしい。


「許せませんわ。それで、お父様はどうされたのですか?」


「水魔法の上位魔法氷魔法で氷漬けにしようとしたのさ。しかし、ナサニエル君に止められてしまった。一瞬凍らせるのは名案だと思ったんだがなぁ」


 お父様がスローカム伯爵を氷漬けにしたかった気持ちはわかるし、私なら火魔法でスローカム伯爵を跡形もなく焼き尽くしたかもしれない。


「全てをナサニエル様のせいにするなんて辻褄が合わなすぎますわ。どれだけグラフトン侯爵家を侮るのかしら?旦那様、スローカム伯爵家は徹底的に潰すべきですわね」


 お母様もスローカム伯爵が許せないと眉をひそめた。



 しばらくして、待ちに待ったナサニエル様がいらっしゃった。ディナーの時間になると約束どおりに姿を見せるナサニエル様を、私は彼が帰った直後から待ち焦がれていた。


「いらっしゃいませ。今日は大変なことがあったようですわね。魔法省にまで乗り込んでくるなんてどうかしていますわ。しかも、全てをナサニエル様のせいにしただなんて!」


「グラフトン侯爵閣下からお聞きになったのですね? まぁ、父上と兄上の行動は昔から変わりませんので、特に驚きもなかったです」


 その言葉だけでも、幼い頃からナサニエル様が辛い環境で育ったのだとわかる。お母様はナサニエル様に暖炉の側に座るように勧め、私はかぐわしい香りのハーブティーを淹れてあげた。


「美味しい。一日の疲れが吹き飛びます」


「そうでしょう? 特に、今日みたいな嫌なことがあった時にはハーブティーはお勧めですわ。スローカム伯爵は本当に嫌な人ですね。なぜ、それほどナサニエル様に酷いことをするのかしら。私、絶対に許しませんわ! ナサニエル様に酷いことをする人は、私が全員やっつけてさしあげます」


「そのようなことはしなくて良いです。貴女がいつも優しく微笑んでくれたら、私は心が暖まってより強くなることができますから。一日の締めくくりにこうしてデリア嬢の姿を見るだけで、私の一日は幸せな日に変わります」


 これって愛の告白でしょう?

 ねぇ、最高のプロポーズよね?


 私はにこにこと頬が緩みっぱなしだわ。


「デリアが毎日幸せそうな顔をしていると、私の仕事の疲れも吹き飛ぶよ。さぁ、あんな愚か者のことは忘れて、美味しいディナーを家族で食べよう」


 お父様はそうおっしゃって、ナサニエル様の肩に手をおいた。


「旦那様はナサニエル様を、息子ができたようだとおっしゃっているのよ。私もこれほど優秀で、麗しい息子ができて嬉しいですよ。さぁ、食前のお祈りをしましょう」


「・・・・・・労働と自然のめぐみに感謝し、これからいただく食物に感謝します。これが私たちにとって栄養となり、平和と調和をもたらしますように。お互いに愛と感謝の気持ちを持ちながら、共に食事を楽しむことができることに感謝します・・・・・・」


 グラフトン侯爵家では毎日ではないけれど、このようなお祈りを食前にすることがある。いつも何気なくいただいている食物だけれど、これにも命があったことを忘れないようによ。


 ナサニエル様の好物は素朴な家庭料理で、シチューやグラタンを喜んだ。それらは平民でもよく食べる一般的な食べ物よ。それがわかってからは、グラフトン侯爵家でシチューが出されることが増えたわ。


 今日は濃厚でまろやかなクリームの風味が口いっぱいに広がるクリームシチュー。新鮮な野菜や肉を使ったシチューは私も大好きよ。


「幼い頃に読んだ本で、その家庭は裕福ではなかったものの、家族愛にあふれている描写がありました。その食卓のメニューがシチューやグラタンでした。楽しい食卓の風景に憧れていたのかもしれません」


 お母様はナサニエル様のお話を聞いて、毎食シチューかグラタンを出させるとおっしゃった。私も朗らかに笑いながら頷く。


 私たちはナサニエル様の心の傷を癒やしたいのよ。


 食べるたびにほっと心が和むような感覚。温かいシチューにはそんな効果がある。


 やがて、裁判の日が訪れて・・・・・・




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 さて、やっと、次回裁判です! お楽しみに(^^)

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