15 ナサニエル視点(もう一度だけ会えるのが嬉しい)

 ディナーの時間までは、グラフトン侯爵家の図書室でデリア嬢と本を読んだ。その図書室は、私にとっては夢のような空間だった。


 重厚な扉がゆっくりと開かれると室内は暖かな色調で彩られ、高い天井からはシャンデリアが優雅に垂れ下がっていた。床には上質な絨毯が敷かれ、歩くたびに足元から贅沢な感触が広がる。


 様々なジャンルの本が整然と配置され、魔法書、歴史、文学、美術、科学、そして異国情緒豊かな冒険譚まで、あらゆる分野の膨大な蔵書が揃っていた。最新の魔術書から古代の魔術書、美酒や多彩な食材の調理法に関する書物、芸術の名作まで、幅広い趣味と興味を反映した図書室は、グラフトン侯爵家の人々の教養の深さに繋がっているようだ。


 読書スペースには贅沢な革張りの椅子が設置されており、寛ぎながらもゆっくりと本を楽しむことができた。古代の魔術書のいくつかを取り、夢中になって読んでいるとデリア嬢が悪戯っぽく私に尋ねる。


「以前、クラーク様がとても難しい古代の魔術書を借りていきました。お父様は魔法庁のエリートでも読めるかどうかわからないとおっしゃいました。ですが、たった二週間でクラーク様は読破したわ。あれはナサニエル様が読んだのでしょう? 違いますか?」


「・・・・・・」


「責めているのではありませんわ。きっと、スローカム伯爵にそうするように言われたのでしょう? クラーク様も平気で嘘をつける方だったのね」


「・・・・・・申し訳ありません。結果的に、私はデリア嬢を騙すことに加担していたことになりますね」


「責めているのではなくて、私はナサニエル様を褒めたいのですわ。古代語をスラスラと読めるようになるのは、並大抵の努力ではなかったはずですもの。とても良く頑張りましたわね。凄いです!」


 心の奥深くに押し込んだ感情がゆらりと動く。私は教師たちにしか褒められたことがないし、優しい言葉自体あまりかけられたことがなかった。今、デリア嬢からこのような言葉をかけられて、不覚にも目頭が熱くなり涙がこぼれそうになった。


「デリアお嬢様。ディナーの準備が整いました」

 

 メイドが迎えに来て、私たちは大食堂に向かった。


 ディナーの前菜はトリュフとフォアグラで、奥深いトリュフの香りが優雅に立ち昇り、フォアグラの濃厚な舌触りと共に口の中で融けていく。バケットのクリスピーな食感が、贅沢な一口を引き立てた。


 スープはサフランとエビのビスクでサフランの芳香が鼻をくすぐり、口に含んだ瞬間、濃厚でなめらかなビスクが舌を包み込んだ。海老の旨味が口いっぱいに広がる。


「美味しい・・・・・・」

「でしょう? グラフトン侯爵家のコックはとても優秀ですのよ」


 メインディッシュのステーキは、口に入れると柔らかくジューシーな肉質が堪能でき、香り高いハーブの香りが余韻と共に広がった。味は完璧だし美味しいのは当然なのだが、なによりグラフトン侯爵夫人とデリア嬢の和気あいあいとした会話が楽しかった。


 デリア嬢が庭園でたまに見かける可愛い鳥の話をすると、グラフトン侯爵夫人が鳥の巣箱を設置して観察したいわ、とおっしゃる。

「巣箱なら簡単に作れますよ。グラフトン侯爵閣下にお会いする時に、作って持って来ましょう」

「まぁ、本当に? 楽しみだわ」

 嬉しそうなデリア嬢にこちらも嬉しくなって頬が緩んだ。楽しかったディナーは瞬く間に終わり宿舎に帰った。


 グラフトン侯爵閣下に会う日に間に合うように巣箱を作った。デリア嬢の喜ぶ顔が見たい。

 グラフトン侯爵閣下に会って、クラークがお借りした学費を返済すればもう会うこともないだろう。

 それでも、またもう一度会えることが、こんなに嬉しい。








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