5 待って、私はあなたと結婚したい(ナタリー視点)
「あなたが学園に行っているあいだにグラフトン侯爵閣下がこちらにいらしたわ。『デリアの婚約者だったクラーク君は、お望み通りナタリー嬢にさしあげよう』と、おっしゃったの。いったい、あなたはなにをしたの?」
私とクラーク様が学園内で公認のカップルになっていたある日のこと、私はお母様にサロンに呼ばれ問い詰められた。
「っつ・・・・・・私は別にクラーク様の妻になりたかったわけではないのです」
「妻になるつもりがないなら、なにになるつもりだったの?」
「私は、クラーク様がグラフトン侯爵家に婿入りすると知ったので、自分にできることをしただけよ。だって、お母様は私が学園を卒業したら老人に押しつける気なのでしょう? 介護要員になるくらいなら、クラーク様の愛人になった方がマシだもの」
「えぇ? なぜそのように思ったの? あなたは私が産んだ子供ではないけれど、他の娘たちと変わらず大事に育てたつもりです。若くて可愛いナタリーを後妻にするわけがないでしょう」
心から驚いているような表情をつくったって、お母様には騙されないんだから。
「亡くなったお祖母様が教えてくれたのよ。どんな男に嫁がされても感謝するようにと言われたわ。いつも厳しいことばかり言って叱るのは、私がメイドの子だからでしょう?」
私の母親はメイドで媚薬を盛ってサーソク伯爵を誘惑したと、お祖母様から聞かされていた。汚らわしい血筋にも拘わらず、サーソク伯爵家の娘として育てているのは、政略結婚の駒になるからと。お祖母様は前サーソク
「私がナタリーを理由もなしに叱ったことなどある? 血は繋がっていなくとも、悪いことをしたら怒るのは母親として当然です。既に、私たちはナタリーの婚約者を決めていたのよ。なぜ、お
わざとらしく流す涙なんて見たくない。
「お前は自分で貧乏くじを引いてしまったようだね。残念だよ」
お母様の隣に座っていたお父様が顔をしかめた。
「お父様たちは私をお姉様達と差別しましたよね! 『ナタリーは社交界にデビューする必要はない』と、いつもおっしゃいました。だから、自分で頑張っただけなのに」
「ナタリーを貴族に嫁がせる気はなかったからだ。血筋を偽って嫁いでも、メイドの子だとバレたら蔑まれることになるし、正直に釣書に記せばまともな貴族には嫁げない。だから、平民でも有能でお金に困らない男性に嫁がせるつもりだった」
「そんなの嘘だわ。その平民はきっとガマガエルみたいな醜い男性で、お金しか持っていない下品な人ですよね? だって、メイドの子が大事にされる小説や舞台など見たことがありませんもの! だから、私はクラーク様の愛人になろうとしました」
「クラーク様が愛人を持てるわけがないだろう? グラフトン侯爵家の婿になる人だぞ? 口答えひとつできない立場さ。グラフトン侯爵家のデリア様なら、いくらでも婿のなり手がいるのだぞ」
「デリア様はクラーク様に夢中だと聞きました。無理矢理婚約させられたといつも愚痴っています。だから、愛人がいても許してくださるわ」
お母様は呆れたように首を振ると、可哀想な者を見るような眼差しで、私を見つめた。
「実は明日の午前中に、ナタリーの婚約者になるはずだった男性が挨拶に来ることになっていたのよ。今から文書でお断りするのも失礼すぎるし、自分で経緯を説明して謝罪しなさい。クラーク様は実家から勘当され平民になると思うわ。これからは厳しい生活になるでしょうね」
嘘でしょう?
厳しい生活になる?
クラーク様の妻にどうしてもなりたいわけじゃなかったのに・・・・・・
私はサロンの床に膝から崩れ落ちた。
☆彡 ★彡
翌日は学園が休みだったこともあり、私は朝から綺麗に着飾って婚約者になるはずだった方を待っていた。婚約の話がなくなるにしても、おもてなしの準備は進められていく。
サロンには上等のお菓子が並べられ、かぐわしい紅茶の香りが漂う。普段よりは上等なドレスを纏っているお母様を見れば、これからいらっしゃる方はそれなりの地位や身分がある方なのだろうと思う。
きっと、頭の禿げあがった太鼓腹で、ずっと年上の男性に違いないわ。
ところが、約束の時間に現れたのは黒髪に黒曜石のような瞳の美しい男性だった。太鼓腹どころか瘦身ではあるが、適度に筋肉がついているのがわかる。私よりほんの少し年上に見えるだけで年齢も釣り合っていると思われた。
「初めまして。ヴァーノン・ディトリッシュと申します。あなたがとても可愛い方で嬉しいですよ。わたしの父上も貴族でしたが、母上は侍女でした。だから、あなたと似たような境遇です。きっとわかりあえると思うし、一生大切にしますよ」
「ヴァーノン・ディトリッシュ? まさか、多くの貴婦人方を虜にしている人気宝飾デザイナーのヴァーノン様ですか?」
「それほど褒めていただけると照れますが、宝飾デザイナーをしているのは事実です。お陰様で、最近では王族の方々にまでご贔屓にしていただいています」
しまった。こんな上等な男性を振るなんて嫌よ! どうしたら良いの?
私は、両親から疎まれていたわけではなかったのよ。いつもお姉様達と比較して不満を募らせていたのは、単なる劣等感と被害妄想に過ぎなかった。実際は学園にも通わせてもらい、食事も衣服もお姉様たちと変わらなかったし、明らかに理不尽な扱いを受けた覚えもない。実際はたくさんの愛をもらっていたことに、今更ながらに気づいたのよ。
クラーク様よりこの方のほうが素敵だし、お金もたくさん持っているわね。・・・・・・だって、この方の衣服は最高級の生地で仕立てたように見えるし、カフスボタンに大きなダイヤも付いている・・・・・・この方を振りたくない。もったいないよーー!
「顔色が悪いですよ。もしかして、私がお気に召しませんか? そうだとしたら、おっしゃってください。まだ、婚約者候補というだけで、書面を交わしたわけではありませんからね」
私はなにも答えられない。それを拒絶と受け取った彼は、苦笑いをしながらすっと席を立つと、静かに去って行こうとした。腹を立てて責める様子も無くスマートに身を引けるのは自分に絶対的な自信がある証だし、モテる男性の余裕の行動だと思う。
「違うのよ。待って!」
私は大声で引き留める。
けれど・・・・・・お父様が・・・・・・
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