見ずの心

あんちゅー

触れないもの

声の形に触れると、あなたはとても嬉しそうにしました。


声の作り出した言葉の形は、薄くて透明で、触ってみるとほんのりと温かいのです。


ええ、私はそれを大切に大切に抱き抱えて、愛していると言うのです。


残念ながら私の声は形になりません。


彼女の目には映らないものをいくら投げかけても、それはきっと無いに等しいのだと思います。


それでも彼女は飽きることなく声を作るのが分かります。


全ての言葉が形になればいいのに。


私はこめかみに汗をかき、言葉をくれる彼女の全てを受け取りながら、そう思います。


ありがとう、ありがとう。


虚しく空を切るだけの言葉が、彼女にひとつも届かないことを悔しく、歯噛みをして


私は力強く、せめて、と彼女を抱きしめるのでした。



何も伝わらないものだと思った。


この子がどれだけ私のことを気にしようと、私にとって本当にどうでも良いものだった。


冷たいと言われようが


人でなしだと言われようが


私に届く彼女の声は、震えて、言葉にすら思えない。


なのに、飽きもせず、私に言葉を吐き、必死の顔をして泣いてみせる。


私の方が、辟易してしまう。


あまつさえ体を寄せ、抱き締められた時には身動きも取れないほど困惑した。


何を求めているの?


これ以上私にどうしろと言うの?


私が口を開いても、彼女には届かないのがわかっているのに。


それでもどうしようもなく言葉を投げつけてしまう。


あなたのせいでしょ。


あなたが悪いんでしょ。


届かない言葉が何故か触れられているように思い、気味が悪かった。


早く居なくなって欲しい。


彼女に抱き寄せられ、彼女の匂いがする度に思う。




ある時、最愛の人を亡くした2人がいた。


彼女たちは互いに願った。


耳を聞こえなくして欲しい。


目を見えなくして欲しい。


最愛の人の声の聞こえない世界に耳の聞こえる必要が無いから。


最愛の人を見ることができない世界に目が見える必要が無いから。


彼女たちは別々の所で同じように願った。


例えそれが、得体の知れない何かであっても、人より力のあるものであれば良いと思ったから。


1人は目を、1人は耳を失った。


そして彼女達を引き合わせた。


それぞれが必要のないものを遺したそれは、本当に厭らしく笑った。


一生戻って来ない最愛の人の為に生きて、同じ境遇を背負いながらも、人とはこうも違うものかと、いつまでも笑うのだ。

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見ずの心 あんちゅー @hisack

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