不格好のオムライス
「ちょっと不格好だけど。どうぞ、召し上がれ」
「どうも。……これ、何?」
「オムライス」
俺の知っているオムライスはこんな味じゃない。ケチャップライスはべちゃべちゃだし、そもそもこれはケチャップライスと呼んでいい代物なのだろうか。でも、数時間食べていなかったせいもあって、スプーンは止まらずに有機物を運び続ける。
「ねえ、凪くんは恋人いるの?」
「はあ? 突然、何?」
「いや、最近の高校生って料理上手そうだから申し訳ないなって」
「今はいない。でも、別れた彼女の飯もまあまあまずかったよ」
「そうなんだ。いいね、若いって。僕はそういうのなかったから、羨ましいなあ」
男はそれだけ言うと、部屋の端にあった机に向かった。恋人なんて言うからもっと根掘り葉掘り聞かれるかと思った。今頃、母さんは俺の捜索届を出しただろうか。家出とか思われてんのかな。男子高校生の失踪を事件だと思ってくれるほど、警察は暇してくれてんのかな。
「最近は、男子高校生も油断できないとか笑える」
ニュースの見出しをぼんやりと考える。
この男のために、誰か動いているのだろうか。
男が向かった机の上には、紙が乱雑に広がっている。
「あなたは食べないの?」
「いらないよ。まずいからね」
「まずいの分かってんのかよ」
最後の一口を飲み込んで、男の隣に向かう。茶色の方眼紙と万年筆、そして三行だけある文章。小説と呼ぶには短く、詩と呼ぶには長々しく、エッセイと呼ぶには美しく、ただのメモにしては勿体ない。疑問符を浮かべる俺を見て、男は口を開く。
「僕ね、小説家なんだ」
「小説?」
そんな職業の人、本当に存在しているんだ。本屋に本があれだけ並んでいるんだから、小説家なんて腐る程いるんだろうけど、目の前にいられると何だか嘘くさい気がした。
「小説家だから、誘拐されても平気な訳?」
「うーん。僕は、ここに来て長いからねぇ」
小さく笑う男は気持ちが悪い。この腐ったような微笑みを男はここに来る前からしていたのか、それともここで植え付けられたのか。もし、そうなら、俺もいつかはこうなってしまうのか。それは、人として嫌な気がする。
「でも、連絡がないと編集部にバレるから、原稿だけは郵送してもらっているんだよ」
「まじ!? それなら編集部の人にSOS出せるでしょ! 犯人が検閲してもわからないようにしたらいいと思うし、作家ならそういうの得意じゃないの?」
バンッ!
机から紙が落ちた。男は笑っていた。声を上げて笑っていた。
「死にたいの?」
ずるずると座り込んだ。男のペンを走らせる音だけがずっと響いていた。
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