擦れる睫毛

 目を開けたはずだった。目の周りの筋肉は動いているはずなのに感覚がない。数秒、そのままでいると夜の闇とは違うぼやけた光が浮かんだ。数度、目を開けて閉じる。睫毛が布に触れて、瞼が擦れた。目を擦ろうと腕に力を入れるも腰の後ろから動かない。ここでようやく、自分が寝ぼけている訳ではないと理解した。手首を縛られ、視界を布に覆われている。

 俺は、今どこにいる? 奪われていない三感は、何の機能も果たさない。

 確か学校を出て、塾に行こうとしていた。小腹が空いたからコンビニに寄って、メロンパンをかじったら突然立ち眩みがした。

 冷静に判断しようとすればするほど、頭痛がして呼吸が浅くなる。悪い考えばかり浮かんで、それらを消せるわけもなく、吐き気がした。えずいても胃液がせりあがる感覚しかない。

 くそ、せっかくならメロンパンを食っておけばよかった。そうしたら、吐いてやれたのに。

「あの、大丈夫かい?」

 突然、左から声がして飛び跳ねた。がくんと重力が右半身をもっていって、背中が固い何かに当たる。

「あ……、大丈夫かな」

 男が足を上げる度に床が軋む。ぎしぎしと迫ってくる音は不穏なのに、男の声色は穏やかでアンバランスだった。ひたすらに気色悪い。

「来るな! 来るな!」

 拘束された身体を捻る姿は、啄まれる芋虫みたいに滑稽だろう。こんな姿で死ぬなんて嫌で、縛られていない脚をばたつかせる。

「痛っ……」

「来るなって言ってんだろ!」

「落ち着いて。御波 なぎくん」

 名前を呼ばれて、身体が固まった。その瞬間、目を覆っていた異物が取り払われた。暴力的な光の先には、眉を下げた五十くらいの男がいた。

「何で、名前……」

「やっと落ち着いたかな」

「……俺、死ぬの?」

 ドラマなら、こういう時なんて言うんだろうか。何が正解かは思い浮かばないけど、このタイミングで安否確認をするのは間違っている気がする。男は重たい二重を細めると、口角をあげた。

「死にたい?」

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