第5話 友人との会話①

「どうです? なかなか面白くないですか?」

 私は彼に渡された資料を見ながら、軽く頷いた。


 十二月初旬。私は友人のライター、牧瀬君に呼び出され都内某所の喫茶店に来ていた。

 窓際のアンティーク調のテーブルでコーヒーを啜りつつ、彼から手渡された取材の録音テープを聴き『東北伝承見聞録』なる本をさっと読む。

 私の作業が一段落したのを見計らって、彼が話を切り出した。

「すいません、呼びつけておいていきなり取材資料なんか見せちゃって」

 私はいやいや、と首を振る。

「でもこれ、面白いですよね。こう、何というか、好奇心をそそられるというか」

 そうですねと答えつつ、私は資料を流し見た。確かに、彼が持ってきたこの資料は面白い。『異形様』という存在、それと関連を匂わせる怪事件、そしてそれを信仰する旅館の人々。それぞれ個別に聞くと意味の分からない話だが、併せて聞くと何かに近づいたように思える。彼の言うように好奇心をそそられる、刺激されるような感覚を覚える。

 しかし、同時にどこか不気味で、気になろうとも気にしてはいけないような気持ち悪さがこの一連の資料にはあった。

「初めはね? この⚫⚫町に限らず、全国の怪事件を大まかに纏めて雑誌のページ稼ぎにしようなんて、軽い気持で調べ始めたんですよ。でも怪事件を、特に失踪事件なんかを調べていくと、この町での事件数が異様に多いことに気づいたんです」

 彼はここ見てください、と資料の一部を指さした。

「この沢田さん一家失踪事件の記事、ここに同様の事件が『過去に6件』あったって書いてますよね? この時点では確かに6件、沢田さんの事件を含めると7件この町では失踪事件が起きているわけですが・・・・、現時点で、事件数は50件になってます」

 それに、と彼は続ける。

「全ての事件で四隅の燃えた紙と、鳥類の羽根が発見されてます。その事件を担当してた警察の友人に聞いたんで、信憑性は高いと思いますよ」

 ここまで一息に話して、牧瀬君は冷めかけのコーヒーを啜った。

 私は彼の話が落ち着いたこのタイミングで、一つの質問を投げかけた。

 ”それで、私は何をすれば?”

 牧瀬君がこういった不思議で奇妙な話を私にしてくるのは初めてでは無い。彼と知り合ったのも、とある地方に伝わる伝承について、私の見解を聞きたいと彼が訪ねてきたことが切っ掛けだった。彼の持ってきた話を二人で精査し、彼は資料集め、私は実地調査を主に担当して真相を探る、大体いつもこの流れである。

 牧瀬君の仕事を私がタダで手伝っているわけでは無い。私は大学で教鞭を執る民俗学者で、日々論文のネタや研究テーマを探していた。そんな中彼が持ってくる話は研究対象として絶好の的であり、調査を糧に論文の執筆や自身の研究に役立てている。つまり、彼と私はWin-Winの関係と言える。

 だから私はいつも通り聞いた。今回私は何をするべきかと。

 彼は姿勢を正して私の目を見た。

「今回はとりあえず、先生の見解を伺いたいです。民俗学的な視点から見て、今回の話、どう思います?」

 彼の問いに、”これが本当にあったこととして”という前置きを添えて答えた。

 

 今回の話で重要になってくるのは『薬師如来』と『紙と羽根』、『町民達』である。

 まず、薬師如来という存在について。薬師如来とは仏東方浄瑠璃世界の救世主で衆生の病気を治し安楽を得させる仏である。その特性上、『疫病を鎮める』ために信仰する、像を祀るというのは当たり前の行いであり、『東方伝承見聞録』に見られる薬師如来への信仰と山の命名由来などは至極自然な、歴史上よく見られる話である。

 牧瀬君が持ってきた資料を見る限り、この薬師如来=異形様と考えることも出来そうである。何故なら『異形様の原点』と考えられるものが薬師如来しか見当たらないからである。全部とは言わないが、日本で確認される怪異・都市伝説・伝承の類いには『元はこうだったがこういう理由でこうなった』という丁寧な理由と共にその大本となる話・逸話が存在する。初めはなんてこと無い話なのに、人々はそれに肉付けし聞き応えのある、今で言うインパクトのある話へと変えていく。私はこの過程を『成長』と呼んでいるが、今回の話も大本の『疫病を鎮めた薬師如来』があらぬ肉付けをされ『異形様』へと成長したのでは、と推測できる。ただ、あくまで推測であり、『体が白い』ことしかこれといって共通点はないのでさらなる調査が必要である。

 また、紙と羽根について。これも現時点では推測でしか語れないが、この紙は恐らく呪いの類いであると思われる。古来より紙は万物を媒介するものとして、鏡と同じく重宝され、御札・呪符などに用いられていた。その紙の、しかも四隅が燃やされている。四隅が燃やされる、汚されるというのは転じて『四方を囲まれる』と言った意味や『反転する』といった意味を含む。それが呪いであると断言することは出来ないが、少なくとも善意のある、肯定的な、良いものでは確実に無いと言える。羽根についても同じで、異形様の特徴をから鑑みるにそれが失踪事件に異形様が関わっている決定的な証拠とも考えられる。

 最後に、町民達について。学芸員の話にトラック運転手の目撃談を合わせて考えれば町民達は『異形様』という存在を周知し、また信仰に近しい態度で接している事が分かる。件の失踪事件に関しても『異形様』のみならず町民も関係している可能性があり、『異形様』の手助けをしているのかも知れない。ただ、彼らがなぜそこまで『異形様』を恐れ敬うのか、脅されているのか、はたまた喜んで協力しているのか。旅館での一件を考慮すると前者の方が当てはまる気がする。


 以上、長々と喋り終えて、私は少し渇いた口にコーヒーを流し込んだ。

 対する牧瀬君はと言うと、私の話を少しづつ噛み砕いて飲み干すように、言葉の一部を反復しながらメモを取っていた。

「・・・・・いやー、やっぱり先生が居てくれると助かりますよ。とても一人では太刀打ちできない案件ですから、これ」

 彼はハハ、と笑った。そんな彼の対し、私はもう一つ質問した。

 ”この件をまだ調査するのか”と。

 散々見解を述べておいてなんだが、この件はかなり特異で、関わるべきでは無いかもしれない。あまり深入りをすると、自分の身に危険が及ぶかも知れないと彼に伝える。それを聞いて彼は一瞬黙り込んだ後に「何言ってるんですか」、と半ば呆れたような笑みを浮かべた。

「先生、さっきこの話は面白いって思ったでしょう? そうです、面白いんですよこの話。雑誌の目玉記事になるのは勿論ですけど、仕事抜きにしても面白くて興味をそそられる。根も葉もないありがちな都市伝説はもう飽き飽きしてるんです。やっとこんな面白い話に出会えたんだから、調査を辞めるなんて選択肢はありません!もっと楽しまないと! 」

 そういって彼は机に広げられた資料を手早く回収し、おもむろに立ち上がった。

「すいません、僕そろそろ失礼します。まだ調べるべきものはたくさんありますから。今日は本当にありがとうございました!」

 資料が集まったらまたお見せします!、そう言い残して、彼は颯爽と喫茶店を出て行ってしまった。

 私はそんな彼の背中を見送りながら、漠然とした不安に襲われていた。確かに、これまで彼と共にこなした仕事はほとんどすべて根も葉もない、噂話の範疇を出ない所謂ハズレで、思うような成果が出ないことも多々あった。

 それらに比べ今回の話は現実の出来事として存在が確定している失踪事件が関連した、本物の奇話である。ライターの彼にとってはまたとない大物であり、私にとっても論文のネタとしては大変興味深いものではあるのだが・・・・。

 私はふと窓の外を見る。季節は十二月初旬。雪がちらほらと降り、目の前の通りを歩く人々もマフラーや手袋などの冬の装いをしている。どうやら向かいのデパートでは早めのクリスマスキャンペーンなる催しを開催しているようだった。

 そのクリスマス色に染められた人通りの中を、牧瀬君が歩いている。先程喫茶店を出て行った彼は、交差点を渡り、道路を挟んで向かい側の通りを軽やかな足取りで歩いている。

 そんな、軽やかな足取りで歩く彼は、笑っていた。

 これまで見た事も無いくらい、口角をはち切れんばかりに上げて。

 向かいから来る人が驚いて避けてしまうくらいに、彼は笑っていた。


 次に彼と会ったのは、二週間後の事だった。

 

 

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