【短編】基本どこを向いてもアウトなラブコメディ

南川 佐久

第1話 基本どこを向いてもアウト

「お兄ちゃ~ん!」


 朝の7時。もふっ!とノックもなしにベッドに潜り込んでくるのは、最近になってぐんぐんと発育の良くなりだした十四歳の妹だ。


「ねぇお兄ちゃん、今日も学校一緒に行こう!」


「ダ~メよ! 悠くんは今日こそお姉ちゃんと一緒に学校に行くんだから!」


「ミチルねぇはぼっちでバスで行きなよ」


「やだぁ~! 今日こそ悠くんに駅まで送ってもらうんだからぁ! 悠くんの学校、駅からは近いでしょ? 反対方向で家から五分のナナちゃんはひとりで登校しなさい」


「やだぁ~! 五分だからこそお兄ちゃんに校門までお見送りしてもらわないと中学なんてダルくて行けない~!」


 ……とかなんとか。論争を繰り広げる姉のミチルと妹のナナ。

 栗色の髪がふわりと柔らかい、近所でもちょっとした美人姉妹なのだが、いかんせん幼い頃からその姿を目にしているので、もはや美というものに慣れてしまった感は否めない。

 かくいう俺はヒートアップしながら布団に潜り込んでくる姉妹に「なぜ布団に入る?」「起こしに来たんだろ?」と突っ込めない朝だ。


 そんなふたりを引き剥がすようにして、俺はベッドから立ち上がった。


「ああもう! 今日は友達と学校行くって約束したから、ふたりとも学校と大学くらい自分で行けよ!!」


 姉妹の猛烈アピールを無視して洗面台へ向かう。

 残念そうな囀りが背に響くが、罪悪感なんて微塵もないね。

 だって、今日は……


「おはよう、悠くん!」


「おはよう、ハルカ!」


 大好きな幼馴染と一週間ぶりに一緒に登校できるからだ。


 高校生になった今、ハルカは誰もが振り返るような美人になった。

 幼い頃からその成長を親友という名の特等席で目の当たりにしてきた俺は、生徒会に入ってますますモテはじめたハルカにいつ告白しようかという毎日を送っている。


 ぶっちゃけ、幼稚園の頃から仲良しで、今でも一緒に高校へ通うような仲なんだ。

 告白さえしてしまえば、八割くらいの確率で「OK」がもらえると信じて、ここまでやってきた。


 高校最初の春。難関校にめでたくふたりして進学が決まった俺は、初めての彼女はハルカだとずっと決めていた。

 胸を張ってハルカの隣に並び立てると自負している今だからこそ、告白できる。

 そう思って、この日をずっと待っていたんだ。


 五月七日。ハルカの、十六歳の誕生日。


「ハルカ。誕生日おめでとう。その、これ……誕生日プレゼント」


 学校へ向かう道すがら、鞄の中であたためていたプレゼントを渡した。

 ハルカの長い黒髪に似合う、花の髪飾りを。


「わぁ……! ありがとう、悠くん!」


 ハルカは目を見開いて、満面の笑みで喜んでくれた。


 そう。この笑みがあるから、俺は十五年におよぶ姉妹からの猛攻に倒れることなくハルカへの愛を貫くことができたのだ。


 だが……


「今日で、私も十六歳だね……」


 その笑みは消え、ハルカの表情はどこか浮かばない。

 だが、もうひとつのとびきりなプレゼントを手にした俺はそのハルカの変化に気づくことができなかった。

 そわそわとした心地で、もうひとつのプレゼントを手渡す。


「ハルカ、これ。母さんが先日福引きで当てたらしいんだけどさ」


 それは、一泊二日の温泉宿泊券。

 高校生で、ましてやカップルでもない俺たちにとっては下手すれば引かれかねない敷居の高いプレゼント。だが、お節介な母は「これ以上ないチャンスでしょ!」と言って押し付けてきたのだ。


 それには、とっとと俺とハルカをくっつけて、あの尋常ならざる愛を俺に向ける姉妹を諦めさせようという狙いもあるようだった。


「一緒に、行かないか?」


「温泉旅行? 私と、悠くんが?」


 きょとん、と瞳を丸めつつも、ハルカはそれを受け取って。


「ありがとう! 楽しみだね!」


 その笑顔に、俺はもう夢見心地だった。

 

 そこから先、温泉旅行までの記憶はない。

 ハルカとの旅行が楽しみ過ぎて毎日が矢のように飛んでいったからだ。


(付き合っていないとはいえ、俺とハルカは仲の良い男女。ひょっとすると、そういうことになる可能性もあるかもしれないわけだし、旅館には貸し切り風呂もあるし。ハルカと混浴なんてできた日には、俺、もう死んでもいいかも……)


 そんなことを考えながら温泉街に降り立ち、そわそわとした心地でチェックインを済ませる。


 そうして、「早めに着いたし、ご飯の前に一回風呂に入ろうか」という話になって、、


 今、露天風呂を目の前にした俺の隣には、タオル一枚姿のハルカが立っていた。

 真っ白い肌に艶やかなうなじ。アップでまとめられた髪がたらりとして色っぽくて。


(ああ、あああ……! 夢のようだ!)


「あのね、悠くん。私、ずっと黙っていたことがあってね……十六歳の誕生日を迎えたら打ち明けようと、ずっと思っていたんだよ……」


「あ?」


 ぱさり、と取り払われたタオルの下、ハルカの裸体を目にして。俺は硬直してしまった。


「ハルカ? さん……?」


「ごめんね、悠くん。今まで黙っていて。私……いや、僕は、本当は男なんだ……」


「あ?」


「だから、悠くんと一緒に男湯に入れる」


「えっと……」


「この貸切り風呂を楽しんだ後は、一緒に大浴場に行こうよ! な〜んて。あはは……無理があったかな?」


「ハルカ……おと、男、男の娘だったの?」


「うん。見てよ。ちゃんと付いているでしょう?」


「ああああああああ!!」


 温泉旅館の露天風呂に、俺の絶叫がこだました。



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 あとがき

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