マヨヒガの贈り物 ~ぬいぐるみのくまさん~

帰り道の雑貨店

 12月に入ると、夜の街はきらびやかなイルミネーションにいろどられる。

 昼間の街路樹に絡みつく配線は痛々しくもあるけど、夜になれば一転、誇らしげに輝いているから不思議なものだ。

 繁華街のスピーカーから聴こえてくる音楽はクリスマスソングばかり。

 いつもの街も、クリスマスを迎える準備で別世界に。


「お先に失礼します」


 職場からの帰り、女一人、駅までの道のり。

 防犯考えて、夜は賑やかな繁華街を抜ける。

 いつもは夜の街へ向かう人たちをしり目に、疲れた足を引きずるように通り抜けるだけ。

 今日はでも特別。

 あでやかな街を楽しんでみれば、行き交う誰もがクリスマスソングにあわせて軽やかにステップを踏んでるようにも見えた。


 ふと笑みがこぼれる。


 私の心次第なのかなと。


 落ち込んでいるときは下ばかり見ているからだろうか、周りなんて何も見えない。

 腹が立っている時って案外顔は上がるから、夜の街に浮かれる人たちの様子がそのぶんよく見えて、(いい気なもんね。人の気も知らず)になんて、へんにすねてみたり。


 今は、どうかな?


 お店のガラスに映る私の顔。


(うん、大丈夫!)


 バックに映りこむキラキラしたイルミネーションの点滅にも、私の笑顔は負けていない。


 女優顔負けよね!


 その向こうに飾り立てられたショーウィンドーが見えた。


 雑貨屋さん。

 魅惑の品々がアピールしてくる。

 浮かれる心をくすぐるように。

 おしゃれで明るいお店。

 知らなかった。

 帰りを急ぐだけで今まで存在すら気付いていなかった。


 ちょっとのぞいてみようかな?


 近付くクリスマスに心が浮き立つんだもの。

 そんなこと、以前は考えられなかったことだけど。

 それに驚くより、それを楽しめている自分がいる。

 師走の忙しさも、今日は珍しく残業なし。

 それで余裕も生まれたのかも。


 たまにはね。


 カランカラン


「いらっしゃいませ」


 軽やかなドアベルが鳴れば、店の奥、レジの向こうでバイトだろうか、女の子の無愛想な声がくぐもって聞こえてきた。

 何気なしをよそおってチラッと目を向ければ、赤いサンタ帽がゆがんでちょこんと頭にのっていた。業務命令の仮装かな? 気に入らないのか、お客さんには目もくれず、うつむいている。机に隠してスマホでも見ているみたい。


 ダメだよ、そんなんじゃ。

 お客さんには見られているんだから。

 客といっても私しかいないけど、今はあなたがお店の顔だよ?

 

 なんて、ね。


 心のなかでおねえさんぶってはみても、(みんなおんなじだよね、あの年頃は)と、微笑ましくもある。(がんばれ!)って勝手に応援して、冷えた体を温めるように、ゆっくり広くはない店内を回らせてもらう。


 衝動的に入ったものだから何かを探してるわけじゃない。


 入ってすぐ、目立つところで、かわいい犬や猫が誘っているかのようなマグカップやティーセット。


 誘われるままついつい……。


 ううん、ダメダメ!


 一人暮らしの部屋にものを増やしちゃダメ。

 節約もしないと。

 でも、いつかは……。


 ワンちゃん、ネコちゃんにはバイバイ。


 もう一歩進めば、お店の真ん中を占領するクリスマスグッズ。


 子ども用のお菓子が詰め込まれた赤い靴は山積みで、崩れてしまいそう。

 まだクリスマスには早いから売れないのかな?

 むかし、これ欲しかったのよね。

 なつかしいなあ。

 小さなクリスマスツリーやスノードームにも手を伸ばして、しばし感傷にひたる。


 店の奥に進めば、カウンターの向こうからちらっとだけ視線を送られた。

 笑みを返せば、戸惑いながらのぎこちない会釈。

 中学生くらいに見えた。

 おうちのお手伝いかな?


 がんばってね。


 心のなかでまたエール。


 視線を外せば、大きな棚に並んでいたぬいぐるみに目が止まる。


(あ……!)


 ちょっと声が出そうになった。


 慌てて取りつくろいつつ、一つのぬいぐるみに手を伸ばす。

 背伸びしてやっと届いた、一番高いところにあった大きめのテディベア。

 小さな子どもが抱き締めるにはちょうどいいくらい。


(これって……)


 小さいころに大事にしていたくまさんに似ている気がする。


 くりくりのおめめ。

 黒い大きなお鼻。

 いつもニコニコ笑顔。

 明るい茶色の毛皮は毛並みがよくてさわり心地がいい。

 もふもふって、撫でるだけで心が落ち着くよね。

 抱いて、というように少し手を広げている。


 記憶の片隅からよみがえる、持っていたくまさんと同じだ。


 そっと、ぎゅってしてみる。


 懐かしい。

 温かいものがすっと心に入り込んで、いっぱいに満たされた気がする。

 今の私にこのくまさんは少し小さい。

 子どものころは泣き顔を埋めるのにもちょうど良かったのになあ。


 じんわり昔がよみがえる。


 気が付いたらその子と一緒にレジに向かっていた。


「ありがとうございます。……あのぅ、ラッピングしますか?」


「お願い出来る?」


「は、はい」


 自分へのプレゼントだけど、せっかくだから。

 特別な日も近いし。

 運命、かな? なんて、そんなことも思えば。

 レジに出たお値段にはちょっとびっくりしたけど。


 女の子は見るからに悪戦苦闘。

 ラッピングが苦手みたい。

 もしかしたら、それで不愛想になっていたのかな?


(がんばれ!)


 私は黙って見守る。


 ようやく出来た透明なラッピング。

 キラキラ輝いているけれど、真っ赤な大きなリボンは女の子の頭の帽子のように少しゆがんでいた。

 それをでもいう気にはなれない。

 一生懸命だった姿を見るとね。


「ありがとう」


 にっこり笑顔で受けとれば、


「ありがとうございました!」


 不安げな顔もほっとほころんだ。


 すごくさわやかな気分。


 私は満足してお店を出た。

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