第7話 当たり前の偉業

 入学式は各寮の生徒が大広間にあるそれぞれのテーブルに座って行う形式で、私とノックスは中央のテーブルの端に座り、学園長ジャックの話を聞いていた。

 どうやら魔力学の担当教師が変わるらしく、新しい先生と仲良くやる様に伝えていた。私は塔を使うからその何たらとかいう教師の世話になる予定は無い。勿論ノックスもアストラエアの加護を受けたのだから、私が引き込むのは最早確定事項と言える。


「新入生や在校生には、是非我が学園の校訓を胸に刻んだ生活を心掛けて貰いたく思う。そう、『魂の在り方を見誤ってはいけない』。それではツマラナイ私の話はこれくらいにして、今日はもう部屋に向かうとしようか。先生方、後はお願いします」


 解散となって他の生徒が立ち上がるのを視ながら、私はノックスの手を取って隠れるに適した魔法を使ってその姿を限りなく認識しにくいものにして全校生徒及び動きの遅い教師が立ち去るのを待つ。ジャック以外の全てが居なくなったのを確認してから魔法を解く。

 私を観測出来ていた事は褒めるべきか、学園長ともなれば当前と言うべきか。使った魔法はそんなに難しくないから褒めなくともいいか。

 ノックスは偉大とされるアストラエア魔導学園の長が直々に近寄るとは思っていなかったのか私が握った手に少しばかりの力が込められている。相手との力量差を正しく理解している点は褒めてやってもいいかもしれない。


「まさかゲルマニカの他に選ばれた生徒が居るとはね。今年の入学生には期待出来る子が多いから、当たりの年かな? それよりも虫の塔に案内しよう。とは云っても、転移魔法だけどね」

「む、位置に変わりが無いのなら私でも飛べるぞ」

「君のは二千年前の知識だからね。慣れた人に任せておきなさい。あはは、むぅむぅさえずりを上げるその口には後でチョコレートを詰めないといけないかな? さあ、手を取って。そう、君も遠慮せずに――握ったね? それじゃあ飛ぼう」


 ノックスの世界に転移魔法は無いのか、景色の切り替わる光景さまに驚いているのが良く伝わってくる。

 私も驚きはする。基本的に魔力を放っているから、急な景色の切り替わりはどうも受け入れ難い。自分で発動すれば何も感じないのだが、他人のタイミングで飛ばれるのはまだ慣れないな。


 魔力で天高く聳える塔の一つに着いたのを確認した私は入り口にある封印に向かって歩く。

 ジャックもノックスも、への理解があるから私が施した封印の堅牢さは感じられるのだろう。本当に塔を開けられるのかという僅かな疑問をジャックから感じるものの、手を伸ばして封印に触れれば――塔への侵入を拒む結界は容易く崩れる。


「あははっ、本当に塔が受け入れるだなんて! 良いものを見させてもらった。それではゲルマニカ、スパロウ君の面倒は任せるよ」

「ふむ、当然だな」


 塔の入り口を開いて中に入ると、二千年も手入れがされていないとは思えない清潔な空気が出迎えてくれる。魔導師として、この塔の建設は力を入れたからなぁ。他の塔も、研究用の部屋以外はそう変わらない造りをしているから、清潔ではあるのだろう。

 一階から五階までは図書館をモチーフに作ってあるから本だらけだし、他に置いてあるのは本を読む為のソファや机など。それ以上の階層は私の遊び場――つまりサンドボックス。様々な虫達が生息し、好きな条件で思いのままにフィールドワークが出来る空間は世界で見ても私達の塔にしかないだろう。


「凄い本の数だな……」

「ふむ……私は最上階に居座るだろうから、二階までは立ち入りの許可を与えよう。ノックス専用のベッドの用意もせねばならないが、そこにあるソファでも使って大人しくしていてくれ。なにせ、二千年も放置された建物だからな」


 階段を上って行くと、研究施設――サンドボックスエリアへの階層に切り替わる。扉を開いて入れば、温暖な気候で生息する虫達をメインとする階層だから心地良い温度が出迎えてくれる。

 中に入ろうとすると私に虫達が群がるが、これは恐らくかつての私が有した魔力と特徴が似ているというのと、月明かりの蟲姫の力を取り込んだ所為だろうな。虫達を適当にあしらいながら一本の自動養分生成樹木に問題が無い事を確認して、上の階層に移る。


 上に行くほど過酷な生育環境で、サンドボックスの最上階は極寒と灼熱が入り混じる最早意味不明の空間。しかしそういう場所で本来の力を発揮する虫も居るのだから面白い。


「……転生とかいう不思議な分野は魂の帝が得意とする領分だろうに。何故私がこんな目に遭っているのやら。実際に起きたら……あいつは喜びのあまり昇天してもおかしくは無いな」


 かなり上って、途中から面倒になって転移魔法で最上階まで一気に飛べば、かつて見たままの光景が広がっているのが視える。

 整理整頓されている気がするのは弟子の仕業だろうか。私が許可している間は入れたのだから、あいつなりの優しさとして受け取っておこう。魔導を極めろと言いたいところだがな。


 虫の帝としての晩年はさっきまで全校生徒が揃っていた大広間――アストラエアの私室の一つで過ごす事が増えたが、この部屋も嫌いじゃない。


 感傷に浸るのも悪くは無い。

 だが私はかつての虫の帝であると同時に、ベルーガ・ゲルマニカという別人にもなっている。

 収納魔法から純白の長い杖を取り出して床を三回つけば、塔が新たな主人を迎え入れた証明として、私の魔力に染まる。


「さて、まだまだ時間はあるだろうから少し魂の塔にお邪魔させてもらおうかね。弟子達の発案する便利な機能を素直に搭載したのは偉いな。かつての私を褒めたいものだ」


 塔最上階の壁に付けられた扉を開けば、新しい部屋が広がる。だがこれは私の塔にある部屋では無く、魂の帝が建てた塔の最上階。

 塔の中に転移するのは、塔の所有者以外には防衛機構が働いて不可能だが、最上階の扉はそれを無視して好きな塔に転移出来る。因みにさっきもしたが、塔の中からであればその塔の内部にも、自分の知っている場所にも普通に転移出来る。


 この結界を作るのには中々苦労した。


 それよりも今は魂の帝から得られる情報を少しでも手に入れておかねばならない。

 私は生命の改造は得意だが、魂となると少し話が変わってくる。塔の所有権が無いから最上階の浅い情報しか知れないが、魂の帝が残した資料を一通り解読すると、言い知れぬ疲れが体を支配する。


 かつての様に動いていたものの、考えてみれば十二歳の子供なんだから疲労は感じるか。

 それでも魂の塔を調べられる範囲で洗った感じ得られた情報は何とも薄い内容。私も同じだから人の事は言えないが、もう少し情報を与えてくれても良いと思う。かつての家族にも手厳しいのはあいつらしいとも言えるけど。


 そんな私が得た魂について。

 一つの存在で莫大なエネルギーを有し、アリと龍ほどの存在の違いが無ければ得られる力に変わりはそこまで無く、基礎的な運用方法は人体を強化する通貨だという内容。

 私でも想像の出来そうな薄い内容だ。あいつに会ったらサンドボックスで何をしているのか教えて貰いたいところだ。

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