第7話-4 書人も家族である

 ロプにより、イズキの家はすぐに見つかった。

 ロプは最初はジュスティとラピュに任せてみたが、2人は人に聞くということが下手だった。ラピュは直球で目的を聞くことしかできず、ジュスティはどこか怪しさを覚える話し方だった。ジャンとロプが横から助言してなんとか会話を終わらせ、結局ロプだけで情報収集をしたのだ。


「家を探しながら聞いてみたけど、この村に今は白い髪の子供はいないけれど、イズキが昔は老人のように髪が白かったって聞いたわ」


 ロプの言葉にジャンが目を丸くする。


「え、イズキが書人ってことか?」

「そうね。だから、ジュスティが夢で見たのはイズキの視点だってことになるわ。……そうなると、昨日イズキに接触して正解だったかもしれないわね」


 ロプの言葉に、ジュスティが褒められるのを待っている犬のように目を輝かせてロプを見下ろす。その目を無視してロプは言葉を続ける。


「ラピュが感じた死の気配に関しても確認したいですし、さっさと向かいますわよ。イズキとは僕かジャンが会話しますから、ラピュとジュスティは挨拶と御礼以外は黙っていなさい」


 ロプの指摘に2人は黙って頷いた。

 そうして、村人から聞いたイズキが住んでいるという家に辿り着いた。ロプが扉を叩くと、少しして扉が開きイズキが顔を出した。ロプたちの姿にイズキは驚いたように目を丸くしてから微笑する。


「昨日の旅人さんたちですね。確か、ロプさんとジュスティさんでしたね」

「ええ、急にごめんなさい。イズキさんともっと話がしたくて、村の人たちから家を聞いて来ましたの」


 そう言ってロプが次の言葉を続ける前に、ジュスティが口を開く。


「あの、イズキさんはもしかして書人ですか?」


 黙っていろと言い付けたジュスティが早速それを破ったことにロプはジュスティを睨む。イズキも突然のジュスティの言葉に驚いているようだ。

 そして、ジュスティの言葉にイズキが答える前に、イズキの後ろから声が聞こえた。


「ホズ……どこにいるんだい、ホズ」


 その声は弱々しい老婆の声だった。その声にイズキは慌てて振り返る。


「母さん、僕はここだよ。少し待っていて」


 そう答えてから、イズキは申し訳なさそうに眉を下げてロプたちに視線を戻す。


「すみません、狭いですが家の中でお話しませんか? 僕は母さんから離れられなくて」

「え、ええ。大丈夫ですよ」


 ロプの言葉にイズキは礼を言い、4人を家の中に招いた。

 家の中は外から見て分かる通りに狭く、部屋も一室しかないようだった。壁際にベッドが置かれ、そこには老婆が横たわっている。

 それは夢で見た光景そのもので、ジュスティは息をのんだ。

 イズキは横たわる老婆に近寄り、その手を握る。


「母さん、僕はここだよ。友達が遊びに来たんだ。家の中で少し話してるね」

「ホズ……どこにもいかないかい?」

「うん、行かないよ。だから安心してよ、母さん」


 イズキの言葉に老婆は安心したのか、その目を閉じ少しすると寝息が聞こえてきた。

 その様子を見守ったイズキは握っていた手を降ろし、ロプたちを見る。


「すみません、旅人さん。お待たせしてしまって」

「いえ、お気になさらず。突然来てしまった僕たちが悪いですし」


 ロプはそう言いつつ、ジュスティが余計なことを言わないかと警戒している。

 イズキは自分の胸に手を当てた。


「ジュスティさんが言った通り、僕は書人です。まさか書人を知っている人に会うとは思わなくて驚きました」

「……僕は書人を探して旅をしているんですの」

「何故書人を?」

「ある人に頼まれて、指定された魔法の記述がある書人を集めていますの。この村にいる書人がイズキさんだと聞いて、こうして尋ねましたわ」

「それは……」


 イズキは眠っている老婆に一度視線を向けてから、ロプに視線を戻した。


「すみません、僕はここから離れたくないんです」

「それは、その人が貴方を『ホズ』と呼んでいることに関係があるんですの?」


 ロプの問いにイズキは頷いた。


「長くなると思いますが、話を聞いてもらえますか?」



 僕は母さんの本当の息子さん、ホズさんに買われて、母さんの世話役としてこの家にやって来ました。

 ホズさんは、この村ではなく、この国の首都リトゥアで暮らしています。

 母さんは、他国からここに嫁いできました。ですが、理由は聞いていませんが、旦那さんとは仲は良くなかったそうで、ホズさんが生まれても冷え切った生活をしていたそうです。でも当時はこの家よりも広い家に住んでいたと聞いています。

 ホズさんは首都に移住して、しばらくは母さんと旦那さんがこの村で暮らしていましたが、旦那さんが亡くなった後、ホズさんは生家を売り、母さんをこの家に住まわせ始めたんです。その頃に僕はホズさんに買われて、この家にやって来ました。

 この家にやって来た当時は、母さんは僕が書人であり、世話役にホズさんに言われてきたということは理解していました。ですが、しばらく過ごしているうちに、母さんは昔の記憶を忘れるようになったんです。そしてなぜか、僕のことをホズさんだと勘違いするようになりました。

 僕はそれをホズさんに報告はしたのですが、問題がないのなら勘違いさせたままにしろと言われました。確かに、何度訂正しても母さんは僕をホズと呼ぶので、僕がホズさんのフリをするのが楽だなと思っていたので、そうすることにしました。

 生活には困ることはありません。ホズさんが生活費を送ってくれていますので。

 ホズさんに間違われることも、僕としてはむしろ嬉しいんです。


 ただ、ただ1つだけ。

 僕がいつ人の姿を取れなくなるのか。

 僕がいなくなったら母さんはどうなってしまうのか。

 それが怖くて仕方がないんです。




 イズキの言葉を黙って聞いていたジュスティは悩んでいた。

 書人は15歳に近づくと人の姿を取れなくなり、ただの魔導書となる。それが普通だが、ここには2人もイレギュラーな書人がいる。それをイズキに伝えればイズキに希望を与えることができるだろう。

 だが、そんなイレギュラーが誰にでも起こるとは限らない。人の姿が取れなくなった書人が魔導書になっても意思が残っているかはわからないが、もし老婆を残してしまうことになったら、イズキはどれだけ悲しむだろう。

 ロプに視線を向けるが、ロプもただ黙って立っているだけだ。ロプもまた、かける言葉を悩んでいるのかもしれないとジュスティには思えた。

 皆が黙り込んでいる中、眠っていた老婆がゆっくりと眼を開く。彼女は視線をゆっくりとロプに向け、少し嬉しそうに笑う。


「その瞳、前に来ていた旅人さんのご家族かしら?」


 老婆の視線はロプに向けられていた。老婆は身体を起こすことはできないようだが、少し懐かしむようにそして嬉しそうにロプを見つめていた。

 思い当たる事がないとロプが首を傾げていると、イズキが耳打ちをしてきた。


「恐らく何十年も前の事だと思います。でも、そんな昔の記憶を覚えているなんて珍しいですね」

「そうなのね」


 ロプは少し考えてから、老婆に近寄って視線を合わせるようにしゃがみ込む。


「初めまして。僕の瞳の色は珍しいってよく言われるのですけど、その旅人さんはおんなじ目だったのですね?」

「ええ。ええ。おんなじだわ」


 ロプの瞳は鮮やかな青、瑠璃色だ。同じ色の瞳を持つ人をジュスティは見た事がなかった。

 ロプは少し寂し気に目を伏せてから老婆に笑みを向けた。


「それなら、その人はきっと僕の親族なのかもしれませんね」



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