第7話-5 書人も家族である
イズキの家から出た一同は、宿への道を歩いていた。
「ロプ、あの老婆から死の臭いがした」
「……あの様子なら、いつお迎えが来ても可笑しくないものね」
「彼女の臭いが、イズキにもついた?」
「恐らく、そうかもしれないわ」
ロプとラピュの会話を聞いていたジャンはそもそも、と前置きをする。
「なんでラピュは死の臭いがわかるんだ? 俺には何も感じなかったよ」
「小生もです。ラピュさんが言っていたので気にして見たんですが、何もわからなかったです」
ジャンとジュスティの言葉に、ロプは予想だけれどと前置きをしてから言う。
「ラピュの魔法の影響じゃないかしら。死に関する魔法を習得しているからこそ、死に関しては敏感になっているのかもしれないわ」
「ああ、なるほど」
「でも、わかるからと言って何かできるわけではないけれどね」
ロプはそう言ってジュスティとラピュを見る。2人はどこか納得がいかないように顔を歪めていた。
「2人は、イズキのことが心配なのか?」
ジャンの言葉にラピュとジュスティはお互いに顔を見合わせる。
「……小生は長く生きていますが、イズキ殿のようにいつただの魔導書になるかわからずに怯えてるところがあります。だから、イズキ殿の気持ちはすごくわかるんです。ここで小生がただの魔導書になって、主と歩けないかと思うと」
語尾が小さくなってしまうジュスティにロプはため息をついた。
「わかったわ。明日この村を発つけれど、その前にもう一度イズキの家を訪ねましょう。でもだからって何かできるわけじゃないことは忘れないことよ。いいかしら?」
ロプの提案にジュスティは目を輝かせ何度も頷いた。
そして翌日、荷物を整理した4人はイズキの家に向かった。
「いやー、凄いなロプ。あの量の食材全部入れれるなんて」
ジャンの言葉にロプは忌々し気に睨みつける。
食材の管理は任せろと言っていたジャンはそれはもうたくさんの食材を買い込んできたのだ。ジュスティの収納魔法がなければ大量の袋をお供に旅をすることになる程だった。
「次からは食料分だけのお金を僕から渡すので、その金額だけで食料を買うようにしましょう。お金の全てをつぎ込まれたら困りますわ」
「いやいや、流石に全額投資はしないから」
「全額の半分を使ったのはどこの誰だったかしら? まだ小さい村だったからよかったけれど、物が豊富な大きな街だったらどうなっていたか」
「ま、まあまあ主。ジャン殿も反省してますし」
ジュスティのフォローにロプはため息をつき、それ以上の説教はやめた。
イズキの家の扉をロプが数度叩く。しかし、しばらく待っても扉は開かれることはなかった。不思議に思ったロプが試しに扉のノブを回すと、扉は簡単に開いた。
「……イズキさん? いらっしゃいます?」
そう言って家の中を覗き込んだロプはその光景に動きを止めた。その様子を不思議に思ったジュスティ達も中を覗き込む。薄暗い部屋の中、そこには魔導書を抱きしめている老婆の姿があった。
「……っ! そんな」
その光景は、イズキが人の姿を取れなくなったのだと理解できるものだ。
ロプは老婆に近づき、その口元に手を掲げる。少し待ってから首筋に手を当て、ジュスティたちを振り返って首を振った。
老婆ももう、亡くなっていたのだ。
ただの魔導書となったイズキを抱きしめて老婆が絶命したのか、抱きしめた老婆が絶命し後を追うようにイズキがただの魔導書になったのかはわからない。ただ、老婆がどこか嬉しそうな表情をしているのが印象的だった。
ジャンが急いで村人に老婆が亡くなったことを伝えに走り、懇意にしていたという村人たちがやって来て、動かない老婆に声をかけていく。村人たちはイズキが書人だということはわかっていたようで、イズキがいないことに疑問を抱く者はいなかった。
老婆の腕から離された魔導書の中身を確認し、探している魔法は無いと見てからロプは村人に魔導書を渡した。
「イズキはどうする、の?」
魔導書を持った村人にラピュは問いかける。
「息子さんの買ったものと聞いてるから、息子さんに連絡して渡すよ。イズキ君がどうなるかは、彼次第かな」
村人の言葉に、ラピュは無表情のまま頭を下げてジャンとロプのもとへ戻って来た。
「ラピュ」
「……この村を出る」
「うん、次に行こうか」
ジャンはラピュの頭を撫でてやり、4人は家を出る。少し歩いてからジュスティは足を止め振り返る。
とても小さな家だった。それでも、そこに2人は住み、そして血は繋がってなくとも家族だったのだ。どちらも、きっと幸せな最期だったに違いない。
「……お幸せに、イズキさん」
そう呟き、ジュスティは今度は振り返らずに歩いていく。
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