第2話-1 予言書
世界には
書人は司書と呼ばれる人の元に突然現れる。その頻度も1年に1冊の時もあれば5冊も現れることもあるらしい。
確定できないのは、司書が書人について詳細を教えることはないからだ。そしてそんな司書についても誰も詳細を知らない。いつの間にか1国に最低1軒、図書院と呼ばれる建物が建てられ、そこに司書だと名乗る人が現れたという記録だけが残っていた。
書人たちの人の姿の成長速度は人と同じだ。赤子の頃から司書が世話をし、図書院でしばらく過ごしたり、望む人が現れたら人の手に渡ったりする。
そんな書人たちは憧れる存在がいる。それは勇者だ。
この世界には魔物や魔族という人間とは違う存在がいる。そしてそれらを生み、操るのが魔王だ。勇者は旅をし、その魔王を倒す存在だ。
別に勇者として選ばれる人がいるわけではなく、個人が望んで戦いに挑み、魔王を倒した者を勇者と呼んでいた。そしてそんな勇者たちは必ず書人と共に戦いに望んでいた。
勇者と正義を貫き悪を倒す書人。そんな書人になりたいと、書人たちは願い、そして自分を選ぶ主を待っている。
そしてこの日、この世界にあるアペト・アルムスオルス王国に唯一の図書院があるビップル村に、1人の旅人が現れた。
旅人はとても綺麗な格好をした少女のように見える。
動きやすい服ではあるのだろうが、どこぞの令嬢かと思わせるワンピースを纏い、ケープをつけている。足下はヒールが高めの編み上げブーツが膝辺りまで覆っている。手袋もつけており、彼女の素肌は顔以外晒されていなかった。
白銀に輝く髪が肩のあたりで揺れており、その瞳はまるで青い宝石のようだった。そんな顔を隠すように鍔が広い帽子を被っている。
肩から下がる革のポシェットには黒猫のキーホルダーがつけられ、その手にはトランクを持っている。
図書院までその足で歩いてきたであろう旅人はその敷地に入り、1人の青年に気づく。
20代後半と見られる青年は長い金髪をお団子にまとめている。その顎には無精髭が生えている。体格もよく、用心棒かと思ったが、彼は箒を手に鼻歌を歌いながら図書院の入口を掃除していた。
司書らしくはなさそうな彼に旅人は声をかけようと近づく。すると気配を感じてか、青年が旅人に視線を向けた。
2人の視線が合い、数秒。
「ひっいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
見た目からは似合わない情けない悲鳴を上げ、青年は箒を投げ捨ててその場から走り去っていった。
図書院に勤める司書は、主に書人の世話を仕事とするが、図書院にある一般的な本や、人の姿をとれなくなった魔導書の管理も仕事のうちだ。
図書院の奥にある司書室で破れたページの補修をしていた司書だが、どたどたと聞こえてくる足音にその手を止めた。
「司書様っ!!」
「……ジュスティ、走ってはいけないと貴方も弟妹たちに注意しているでしょう」
「そ、それどころではないんです!」
ジュスティと呼ばれた青年は椅子に座る司書の足元に縋りつくように座った。怯えた様子のジュスティに、司書は首を傾げた。
「何かあったんですか?」
「そのっ、き、来たんです! 夢で見たあの人が!」
ジュスティの言葉に何かわかったのか、司書の目が丸くなる。司書が口を開く前に、扉がノックされた。司書が声を掛けると、扉が開かれ、10歳ほどの書人が顔を覗かせた。
「司書さま、お客さんです」
書人の後ろに隠れてしまっている旅人が顔を覗かせた時、ジュスティは再び逃げ出そうとした。だが、その首根っこを司書が掴む。
「ジュスティ、そうやって逃げるのは失礼ですよ。……初めまして、お嬢さん。この子が失礼なことをしてしまいまして申し訳ありません」
「いえ。気にしておりませんので」
旅人は案内した書人に礼を言ってから司書室に入る。被っていた帽子をとり、スカートの裾を摘んで一礼する。
「突然の訪問失礼いたします。僕はロプ・ラズワルドと申します。こちらには書人を求めて参りましたわ」
「そうでしたか。私はビップル村の図書院の司書を勤めております、ウナと申します。書人を求めてくる方は珍しくありませんが、あなたのような方が1人でとは珍しいですね」
司書のウナは立ち上がり礼を返す。その後ろにジュスティが隠れた。ジュスティを気にする様子はなく、ロプはウナを見上げる。
「この姿ですが、一応1人旅できる年齢ですのよ。それで、書人なのですが」
「はい。説明しておきますと、好きな書人を選べるのですが、書人にはスピンと呼ばれる、書人の魔法を最大限に発揮することができる選ばれた主がいます。その子を探すのをお勧めしておりますが」
「いえ、探す必要はありませんわ。ロプの書人はジュスティなのですから」
そう言って、ロプは隠れているジュスティに視線を向ける。視線を受けたジュスティは小さく悲鳴を上げてびくりと震える。
大きな男が小さな女の子に怯えてる姿はなかなか滑稽ではあるが、ウナは咳払いして思考を戻す。ジュスティからロプが見えなくなるように間に立った。
「ということですが、ジュスティ。貴方の意思を聞かせてください」
「いやです」
考える様子も、気遣う様子もなく即答だった。
失礼がすぎると軽く頭を叩いてから、ウナはロプに頭を下げた。
「申し訳ありません。……できるなら本人の意思も尊重したいので、よければ他の書人たちも見て行ってくださいませんか?」
「見るのは構いません。でも、諦めるつもりはありませんわ。ロプをスピンとする書人はジュスティだけだとわかっておりますもの」
そう告げて、ロプは一礼して司書室を出て行った。それを見送ったウナは扉が閉まってから息を吐き出し、蹲っているジュスティに声を掛ける。
「ジュスティ、そんなに嫌なのはわかりますが、もう少し相手を気遣いなさい。貴方らしくありませんよ」
「……失礼なのはわかってますけど、でもどうしても嫌なんです。まさか、本当に現れるなんて思わなかったですし」
ジュスティの様子にウナはその頭を撫でてやる。
ジュスティが何故こんなにもロプを恐れているのか。その理由をウナは知っていた。
書人というのは1年成長していく度に魔法を1つ取得していく。
生まれてから1年後の1歳の時に覚える魔法は決まって明かりを灯す魔法で、2歳には火・水・風・土・雷といったものが自由に操れる属性魔法を覚える。
3歳からは書人がその1年で強く願った願い事が反映された魔法を覚えていくが、8歳を迎えると魔法を覚えることはなくなる。
その8歳の頃の魔法が一番稀有で強力な魔法となると、今までの書人を見てきたウナは考えている。
そして8歳を迎えたジュスティはある夢を見た。その恐ろしい夢に、ロプに似た人が現れたのだ。それが、ジュスティがロプを恐れる理由なのだ。
翌日。
弟妹たちを起こし朝食をとらせ、片づけまでしていたジュスティだが、ふと庭のほうから弟妹たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
何か遊んでいるのかと庭を覗くと、そこではロプが弟妹たちと遊んでいた。
「ひっ」
ジュスティの抑えきれなかった悲鳴に気づいたロプがジュスティに視線を向けて一礼する。
「おはようございます、ジュスティ。よく眠れましたか?」
「あ、ばばっ、ひっ、え」
認識できない言葉を喋るジュスティだが、昨日とは違い逃げる様子はなかった。ロプと手を繋ぐ幼い書人がジュスティを見上げる。
「ジュスティもロプちゃんとあそぼ? ロプちゃんおにごっこつよいんだよ」
「きのうもすぐにボクらをつかまえたんだよ!」
昨日ジュスティとウナと別れてから、書人たちと遊んだのだろう。すでに書人たちから懐かれている様子だった。
「ロプちゃんすごいんだよ。私たちと歳が変わらないのに色々知ってて。男の子たちとのチャンバラごっこも強くて」
懐かれているどころか、羨望の眼差しを受けているようにも見える。
口々にロプのことを褒める弟妹たちは、次にジュスティに視線を向けた。
「でも、ロプちゃんはジュスティを連れて行きたいんだよね。いいなー」
「ねー。ロプちゃんがスピンなんでしょ? ジュスティずるいー」
これは外堀を埋められている。そうジュスティは気づいた。
これで自分は嫌だと言えばどうなる。弟妹たちには冷たい視線を向けられるだろう。こんないい人の何が悪いのかと。
だが、それでもジュスティは嫌だったのだ。
「しょ、小生は、司書様のような司書になりたいので、一緒に行くことはできません!」
ジュスティの言葉にロプは目を丸くした。弟妹たちはあー、と声を上げる。
「ジュスティはそれがあるもんね」
「でも、折角スピンが現れたんだから一緒に行ってもいいんじゃない?」
「む、昔からの夢だから、諦めたくないんです!」
ジュスティたちの会話を聞いていたロプだったが、皆の様子にくすりと笑ってからジュスティの服の裾を引っ張る。
「そうですのね。いい夢を持っているとわかって嬉しいですわ。もっとジュスティのことを教えてくださる?」
「ひっ。え、えっと、それは、その」
「貴方が僕を断る理由は夢の為でしたのね。夢を見るなとは言いたくありませんけど、でも僕が諦める理由にはできませんわね。もっと貴方を知って、考えさせてほしいの。貴方次第で僕を諦めさせることもできますのよ?」
逃げるだけでは不利になるだけだと、言外に告げているようだ。
ジュスティが息を詰まらせていると、弟妹たちがその腕を引っ張った。
「ジュスティも遊ぼうよ。まだ家事やる時間じゃないでしょ?」
「ロプちゃんとおにごっこする! ジュスティも強いよ!」
「ふふっ、それは楽しそうですわね。今日も負けませんわよ」
弟妹たちと楽しそうにするロプの顔をジュスティはただじっと見ていた。
それから一週間程、ロプは毎日図書院に訪れていた。
村に唯一ある宿泊施設の一室を借りて、朝から来ては幼い書人たちの遊び相手になっていた。そして手が空いたジュスティと取り留めのない会話を交わす。そんな生活が続いて、ジュスティはロプのことを怯えることも無くなっていた。
その様子を見守っていたウナは、ある日ロプを司書室に呼んだ。
「お話があると聞きましたが、どうかされましたか?」
ウナに勧められてロプは司書室に用意された椅子に座る。2人分のお茶を用意してから、ウナは口を開く。
「ロプさんはまだ、ジュスティを連れて行くことを望んでいますか?」
「ええ、勿論。最初よりも会話はできるようになりましたが、まだ首を縦に振ってもらえていませんけどね」
「そうですか。……では、ロプさんに知っていて欲しいことがあります」
真剣な声音に、ロプはウナを見つめた。ウナはロプから視線をそらさずに口を開いた。
「書人というのは、生まれてから1年経つごとに魔法を覚えていきます。それは8歳まで続きますが、ジュスティが8歳の頃、ある夢を見たそうです。飛び起きたジュスティは酷く泣いていました。……とても怖い夢を見た、と。その夢はずっと、今でも見ていて頭から離れることはないそうです」
「……その夢が、ジュスティが8歳で覚えた魔法のものだと?」
「ええ。ジュスティが覚えた魔法は予言魔法です。夢で未来のことが見えるようです。その予言は、自分もしくは自分に近しい書人に起きるものだけを見れるそうです。実際、一緒に暮らしている書人の弟妹たちの怪我や出来事を当てています」
予想だにしない事実だからか、ロプは黙り込む。それを気にせずにウナは続けた。
「ジュスティの夢では、どこか知らない部屋で、目の前にあなたらしい人が背を向けて座りこんでいたそうです。そしてその前に、あなたと顔が似た女性がおり、恐ろしく思える笑顔で、あなたを見下ろしていた、と。そうして、ジュスティが見ている中であなたは、自分の首をナイフで切った、そう言っていました」
恐ろしく笑う女性のほうか、目の前で死ぬロプのほうか、どちらに対する恐怖かはわからないが怖いと、幼かったジュスティは泣きながらウナに説明した。
ジュスティはその夢を見る前までは、他の書人と同じように勇者に憧れる子だった。だがあの夢を見てからは、自分のスピンが現れることを恐れていた。そうして自分の夢を変えたのだ。図書院でずっと過ごしたいと。その為にも司書になりたいと。
「私はあの子をずっと見てきたので、あの子には思い入れがあります。本来は私情を挟まずにあの子を見送るべきなのですが、私はあの子が心から望まない限りは、あなたに預けたくないと思っています。ですから、どうか、どうか諦めてくれませんか」
ロプはしばらく黙っていた。
時計の長針が1つ進んでやっと口を開く。
「……そろそろ、この村から出ようと思っておりましたの。ですので、最後に改めてジュスティと話をしてきますわ。ちゃんと話して、それでもジュスティが嫌だというなら、あの子を連れての旅は諦めます」
そう告げて、ロプは立ち上がった。ウナも立ち上がり、ロプに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。彼を尊重してくださって」
ウナに特に言葉をかけることもなく、ロプは司書室から出た。
書人たちに聞けば、ジュスティを探すのは容易かった。
庭で洗濯物を干していると聞いて向かってみれば、干されたシーツを背景に腕立て伏せをしているジュスティがいた。
「……こんなところですることかしら?」
ロプの声にジュスティは腕立てを止めて立ち上がる。
「こんにちは。司書様とお話ししていると聞きましたが、終わったのですか?」
「ええ。……少し、お話しをしませんこと? それとも忙しいかしら?」
「いえ。家事が終わって筋トレしていただけなので時間はありますよ」
「……体格がいいとは思ってましたけど、身体を鍛えるのが趣味なのですか?」
「はい。小さい頃からやっていて、やめようと思ったことはありましたけど、今でも続けてしまいまして」
「それは、勇者に憧れをなくしたからやめようと思ったのかしら?」
ロプの言葉にジュスティは息を呑んだ。
「司書さんから聞いたのよ。貴方の予言魔法のことも、夢のことも。小さな僕を見て怯えるぐらいに怖い夢だったのね」
「は、恥ずかしい話ですが……。でも、昔は恐ろしさが勝ってたんですけど、成長すると夢の中の小生は恐ろしさを感じていないって気づいたんですよね」
ロプはジュスティの次の言葉を待つ。ジュスティは少し躊躇いながらも言葉を紡ぐ。
「司書様にも伝えてないんですが、あの夢の中の小生は、寂しさと後悔を感じてたんです。……その夢を見て、未来の小生は未来を変えるために動いていたのかもしれません。でも、何もできなかった自分に悔しさを感じたのかもしれないと、そう考えました」
夢の中の自分が頑張っても未来は変えられなかった。それをわかってから、ジュスティはスピンに会うことを憧れず、この村から出ることも願わなかった。夢を見た自分が未来を変えるためにできることはそれしかないと思ったからだ。
「ただ村にいるだけなのも嫌なので、尊敬する司書様を手伝えるような司書になりたいと思いまして。今はまだ書人の皆の世話しか任されていないんですけど、いずれは司書様みたいに本の補修なんかもできるようになりたいですね。……ただ怖くて、嫌がってるわけではないですよ? 将来のことも一応考えてますので」
「……そうなのね。貴方は、未来を変えたいだけなのね」
ロプは少し考えるように目を閉じてから、ゆっくりと目を開き、宝石のような輝きをジュスティに向けた。
「僕は、ある人から頼まれて書人を探して旅をしているの」
「え?」
「その頼まれた書人の中に、貴方もいる。だから、貴方はロプの書人だから連れて行きたいというのもあるけれど、ある人に渡すためにも連れて行きたいと思っているのよ」
「それじゃあ、もし小生があなたと一緒に旅に出ても、最終的には別の人の手に渡るんですか?」
「そうなるわ。でも、ロプをスピンとする書人だから借りたりできないかと交渉するつもりよ。……でも、別のことで交渉する必要があるわね」
ロプは微笑を見せる。それは諦めの様子が見えつつも、どこか清々しいものに見えた。
「僕は明日この村を発ちます。1人で旅をし、他の書人を集めたらまた、貴方に会いに来ますわ」
「え、でも、いいんですか?」
「いいわ。貴方がただ我儘を言っているわけじゃないとわかったのだもの。ただし、その間に別の人の手に渡ったりしていたら許しませんわよ?」
「だ、大丈夫です! 小生はここの司書になることが夢なんですから、あなたの誘いを断ったのにそんなことしません!」
ジュスティの言葉にロプはにっと笑い、手を差し出す。
「それではジュスティ。僕がまた来るときまでに立派な司書になっているのを楽しみにしているわ」
「あはは、頑張ります。あなたの旅に幸多からんことを祈っていますよ」
差し出された手を握り、2人は握手を交わす。
その後、ロプは他の書人たちにも別れの挨拶をし、図書院を去っていった。
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