捧げられた名前
「……あ」
「……あら」
アリアさんに部屋から出た後、俺は普通に兵士としての仕事を遂行していたのだが……ここでまさかの出会いがあった。
それは第二王女のフィリア様が現れたのである。
「フィリア様……?」
「……………」
え、なんでここに……?
フィリア様の後ろには護衛が誰も居ない状況……まあ、必要がないくらいに外から悪意ある者が入ってこれない部分はあるけれど、それにしたって彼女が一人というのは……マズいのでは?
「お姉さまが言っていましたが、あなたはここに居たのですね」
「えっと……はい」
「いつも通りで構いませんよ。今の私は少々仕事を抜け出し……ではなくて、休憩をしている一般通過王女ですから」
「逆に反応に困るんですがそれは……」
つまり……サボりということで解釈よろしいでしょうかね。
「サボりではありません」
「何も言ってませんけど」
「サボりではありません」
「……はい」
じゃあそういうことにしておきましょう……。
ルークの姿も見えないし……いや、ここに来るならルークとも会ったはずなのできっと腰を抜かしたんじゃないだろうか。
出来たら誰か呼んできてほしいと思いつつも、フィリア様の言い方を考えるに何も言うなと言ったのが想像出来る。
「しかしここには何もありませんね」
「ですね……普段からここにはあまり誰も来ませんから」
「そうでしょう。ですがだからと言ってここは守る必要のない場所というわけではありませんから、ローランさん――お仕事の方、頑張ってくださいね」
「あ……はい!」
フィリア様直々の激励につい声に力が入った。
以前に見つめられた時にはビックリした相手だけれど、こうして声を掛けられるというのはやはり嬉しいものだ。
この国に生きる一人の人間として、王女に名前を覚えられるだけでも光栄なことだからだ。
「しかし私としてももう少し時間は潰したいところですので、ここでお話をしていっても大丈夫でしょうか?」
「ここで……ですか?」
フィリア様の真っ青な瞳が俺を映す。
出来たらすぐに戻ってほしいと思わないでもないが、こういう機会は積極的に経験するべき……なのか?
とはいえ断れる勇気が俺にはなかったので、小さく頷いた。
「さて……何を話しましょうか」
何もないんか~い!!
けど、やっぱりフィリア様にも俺の背後の扉は見えないのか……まあ分かってはいたが。
しかも面白いのがフィリア様に背を預けるようにして立っているので、もしこれで扉が開いたりしたらどうなるんだろうと少しばかりの悪戯心が芽生える……何もしないけどね。
「ローランさん、あなたはご兄弟に劣等感を抱いていますか?」
「え? いきなりですね」
「すみません。少し気になってしまって……」
これは……何かあるのだろうか。
何となくそういうことかなと察しつつ、俺はフィリア様の言葉に答えるべく口を開く。
「劣等感はとうの昔に捨てましたよ。今の俺は自分の今の立場がとても良いものだと考えられるようになりましたから」
「そうですか……あなたの表情を見るに本当にそう思っているのですね。ご兄弟だけでなく、ご両親も同じなのですか?」
「はい。実は今朝、ちょっと話すことがあったんですけど自分でも不思議なほどに気持ちは清々しかったなと」
「……………」
黙り込んだフィリア様を見ていると、まことしやかに囁かれていたことを思い出す。
王女様方はこの国の至宝と呼ばれているが、何でもこなせるライザ様に比べてフィリア様は少し能力が落ちるのだとそんなことを聞いたことがあったか。
仮にそうだとしてもフィリア様は間違いなく優れた方だ……きっと俺の考えていることではないと思いつつも、勝手にだが少し話をさせてもらおう。
「なんつうか……自分より優れた人なんて多く居るんですよ。それが俺の場合は身近に居たというだけ……もちろん最初はこんな理不尽あってたまるかよとか思った時もありました。ですけど、俺は俺なんだから俺自身に出来ることをやればいいって、そう思えば楽になりました」
「そういう考え方もあるのですね」
「ま、諦めと言われたらそれまでですけど」
そう言って笑うと、フィリア様も笑った。
「……確かにその通りですね。私は私のやれることをやればいい……何でもかんでもお姉さまのようになろうとする必要はない……か。すみませんローランさん、実はこういう話をしたのも初めてなんですよ」
そうだったのか……まあそこから先は詳しく聞かなかったけど、フィリア様との話はかなり和やかに進んだ。
最近のフィリア様は公務があまりに忙しいということで、こういう風に砕けた姿で話をするのは久しぶりとのこと……俺としては少しでも息抜きになってくれたのなら嬉しいと思う。
「ありがとうございますローランさん。楽しい時間でした」
「いえいえ、こちらこそです……ただ、もっと落ち着ける場所に行く方が良いかと。俺としても胃が痛くなると言いますか」
「あら、それはそれで面白いことになりそうですけど?」
面白くねえですけどね!
クスクスと口元に手を当てて笑うフィリア様は、ふと空を見た。
「今日は魔法の盾に異変はなさそうですね」
「……………」
「最近……と言っても二度くらいではあるのですが、魔法の盾に異変が起きたということで多くの憶測が流れています。しかし、絶対に大丈夫だという謎の安心感があるのも確かで……誰も真剣に考えていないのが現状ですね」
そこでフィリア様は一度言葉を切り、こんな話を聞かせてくれた。
「ローランさんはこんな話を知っていますか? 私たちが住むこの王国は一度名を失い、仮の名を与えられたという話を」
「なんですかそれ……」
「おそらく誰かが勝手に言い出した与太話のようなものです。今、この王国の名はフュリアスという名ですよね」
「はい」
「しかし……以前にフュアリスと呼ばれていたなんて話があるんです。文字を入れ替えただけですけど、尊き力による栄華と引き換えに真の名は捧げられたと……よく分からないんですけどね」
「はぁ……」
正直、本当に与太話って感じはする。
しかしフュアリスって言うと……アリアさんの名前にもある……?
「それではローランさん、また機会があればお話をしてくださいね」
「え、また来るんですか!?」
「うふふ♪」
嵐のように去って行くフィリア様に大きくため息を吐く。
またこんな時間があるかもって? そう考えると俺の胃はどこまで耐えられるのか不安でならない。
「……名前か」
今聞いた話……それは果たして偶然なのかどうか。
それを俺は少し気になるのだった。
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