第21話 選択



 わたしを取り囲んだのは二年生になってから彼にくっついていた派手な子達の内の三人だった。


 共通しているのはくるんとカールが決まった長めの睫毛にくっきり描かれたアイライン。淵のあるカラコンにしっかり塗られた濃いめのリップ。

 明らかに地毛ではない色素の抜けた髪色と短いスカート。基本的には緩い校則ではあるけれど、さすがに今ここで服装検査なんてされたら目の前にいる子達は注意される対象となるだろう。


 その子達はお昼休みに話がしたいと場所を指定し、自分の用件を言うとわたしの返答も聞かずにさっさと立ち去った。

 それを呆然と見送ると休み時間が終わることを知らせるチャイムが鳴ったことで慌てて教室まで駆け出した。



 幸いなことに少し遅れて教室に入ったが、教師も遅れてやってきた為に咎められることはなかった。

 その上、休み時間を潰したせいか若干の視線は感じるものの表立ってこちらにやってくるものは居ないので安心して授業を受けられる。


 世界史の授業は淡々としており、当てられない限りはただ板書の文字をノートにそのまま書き込めばいいからこそ、居眠りをしている人も居るし、他の課題をしている人も居る。

 わたしは書き写しながら、ふとした瞬間の度に彼のことを考えていたことに気付き、一人で顔を赤らめる。



(なんで、なんで蓮くんのことばかり考えてしまうの)


 今考えるべきなのはお昼休みに呼び出されたことなのに、何故だかそんなことよりも彼のことが脳裏に浮かぶ。

 意識し過ぎて胸がきゅっうと締め付けられるかのような感覚がして苦しい。

 早まる心臓の鼓動と朱に染まった頬。こんな情けない姿で彼と対峙したらきっと誤解されてしまう。



 彼のことが好きかと聞かれれば、まだ違うのだと思う。きっと自分に向けられる好意にどうしたらいいか分からないだけ。

 それなのに今彼とすぐさま別れたいかと聞かれれば、答えを窮してしまうのは自分でも分かる程の矛盾だ。



(ううっ……一体自分がどうしたいのか分からない)



 ここが教室ではなければ髪を掻き毟って考え込んでいただろう。

 別れたいと言っておいて手のひら返しをするなんて人としてどうなんだ。

 けれどけれどまさか自分がこんなにも蓮くんのことを意識してしまうなんて思いもしなかったのだ。




(今、別れても良いと言われたらどうしよう?)


 自分の撒いた種だ。その時はきっと受け入れなければいけないだろう――どんなに苦しくても。

 


(苦しいってなによ……!)



 はたと自分の考えに我に返る。動揺してついついノートを取っていたシャーペンの芯がボキリと音を立てて折れた。

 意識すれば心臓がチクチクと針に突かれているかのような痛みがわたしの心を苛んでいる。



(わたしって本当、馬鹿ね)



 思い出すのは耳まで真っ赤にしていた彼の姿。最後に見た彼の後姿がどうしてだか忘れられない。

 不誠実にもたった一つの質問すら彼は答えてくれなかったというのに、わたしの胸に根付いた感情が騒がしくて苦しい。


 きっと沢山の女子達に囲まれていた彼から見たら、一目でちょろいなぁと思われるだろう。

 ついで、これなら他の女と変わんねぇじゃん、と思われたら――すぐにわたしへの執着なんて簡単に消え去る。

 

 それで良かったはずなのに。

 それなのに嫌だと思ってしまった。

 もしも、そんなことになったら暫く学校に行くのを躊躇う程に挫けそうだ。



 だから、自分を守る為にしばらくは彼のことを避けよう。

 わたしの心が平静に戻るまで、もう彼に関わるのは止そう。



 だって彼もわたしから逃げたじゃないか。

 わたしだって同じことをしても良いはずだ。




 

 

 

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