第20話 意識




 結局、保健室で休んでいても間に蓮くんが戻ってくることはなかった。




(本当になんだったんだろ?)



 強引に近付いてきたのに呆気なく出て行った彼のことを思い返す。



『わたしのどこが好きなの?』



 たった一つの質問になんで彼はあんなにも狼狽したのだろう。考えても答えが分からないせいで胸がモヤモヤとして落ち着かない。その気持ちを誤魔化すように何度もベッドで寝返りを打った。



(なんで、わたしばっかり悩んでいるのよ)




 思えば、彼はいつも涼しい顔をしてわたしの隣に立っていた。最初の告白の時ですら、そこまで慌ててなかったように思える――けれど、それは当然なのかもしれない。

 今まで否応なしに女子達に群がられてきた彼のことだ。自分の告白を断るヤツが居るなんて想像もしてなかったのだろう。そう考えると少しムカつく。



(わたしは告白されてからずっと蓮くんに振り回されっぱなしなのに……)




 それなのに彼は自分のペースを崩している様子はない。わたしばかりが翻弄されているし、彼のことばかり考えていると思っていたのだが――先程咄嗟にした質問に彼はあからさまに動揺していた。


 それはどうしてなのだろう。

 そもそも何故彼はわたしに告白してきたのか。




(……駄目だ。考えたって分からない。結局、答えは蓮くんが握っているんだから直接彼に聞くしかないのよね)



 だけど、もしも『答え』を聞けたとしても、どうしたらいい?

 わたしは彼に別れたいと言った。

 けれど、それは彼のことを本当の意味で知らないからこそ簡単に言えた言葉なのだと思う。


 保健室から出る際、蓮くんは耳まで真っ赤にしていた。

 それを見た途端、言葉よりも雄弁にわたしのことが好きなのだと全身で表された気がする。

 いくらわたしだってそこまでは鈍くはない。

 既に彼がわたしのことを好きだということくらいは理解しているつもりでいた。


 しかしそれはあくまで『つもり』にしか過ぎない。

 今まで生きてきた中で異性に好意を向けられたことがなかった。初めて向けられた好意にわたしは目を背けてばかりできちんと受け止めようともしなかった。

 覚悟もないくせに相手に答えばかりを求めて――みっともないことこの上ない。



 最後に見た彼の朱に染まった姿。

 あれこそがむきだしの彼の本心だろう。

 思い出すだけで胸がドキリと震えて、それに呼応するかのようにじわじわと頬に熱が帯びていくのを感じる。

 初めて彼を異性として意識してしまったことへの羞恥で枕に顔をうずめて落ち着かせようとしたけれど、どうにも上手くいきそうにない。


(次に会った時、どんな顔をすればいいのよ)




 こんな調子で彼に対峙することが出来るのだろうか。その上、彼の本心を聞いて冷静でいられるのか。

 少なくとも今のわたしには無理だ。

 一度意識してしまうとどうにもソワソワと落ち着きがない。



 薄手の布団の中に潜り込んでスカートのポケットからスマートフォンを取り出してトークアプリを開くが誰からも連絡が来ていない――無論、蓮くんからも。

 そのことに安堵と少しほんの少しだけ残念だという気持ちが胸に過ぎってしまった。



(どうせ連絡が来ていたところで返す勇気もないくせに。わたしってホント大馬鹿)



 きっと具合も悪くないくせに一人でベッドに寝転がっているから余計なことばかり考えるのだ。

 スマホの時計を見るともう一限目の授業が終わって休み時間になる頃合いだ。

 周囲の目が気になるけれど、ここでウダウダと悩むよりは教室に戻って授業を受けた方が建設的だろうと思って仕方無く起き上がる。

 グイッと背伸びをしてからノロノロと歩き出す頃には既に休み時間を告げるチャイムが鳴っていたからか廊下を歩いている生徒と何人かすれ違う。

 既に流れた噂のせいで不躾にこちらを見てくる人達も居るがここはもう知らないフリをして、教室を目指す。




(どうせ話し掛けられるわけじゃないんだから無視すれば良いのよ)



 ここ数日ですっかり図太くなったなと思いながら曲がり角を曲がろうとした途端、わたしは腕を思い切り掴まれる。

 驚いて後ろを振り向けば数人の派手な女子達がわたしを囲もうとしていたのだった。





 

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