第18話 最悪な夢




 彼女に一目惚れして以来、何度も最悪な悪夢を見るようになった。





「蓮く、ん。好きっ……」



 お互いに一糸纏わぬ姿で自室のベッドで彼女をかき抱く。シングルのベッドに押し倒せば、狭さ故により肌が密着し心地良い。

 瞳が溶けてしまうんじゃないんかと思う程潤んだ瞳に、甘い声。花の蜜を求める蝶のように自然とそこに吸い寄せられ、優しく頰に伝う彼女の涙を舐めとる。



(やめろ、こんなの一花が言うはずないだろう)



 どこか冷静な自分が訴える。

 こんな夢見ても、起きてしまえば彼女のぬくもりなんて残っていない。

 残るのはただ虚しい夢の残骸だけ。


 現実には告白どころか、まだ話し掛けてもいない。

 一方的に俺が彼女を『観察』しているだけなのに、彼女のことを考えれば考える程に、何度もこの『夢』を見るのだ。



「一花、一花。好きだ、好き。愛しているっ!」



 現実では感じるどころかほとんど触れたこともないというのにやたら夢はリアルで、すがりつく彼女の熱を帯びた体温や、抱き合う肌の質感、揺さぶるたびに胸を擽る柔らかい髪、お互いの汗の匂い。全てがこれは現実ではないのだろうかと錯覚しそうになる。



(本当に馬鹿な奴だ……)


 彼女の身長、体重に趣味や嗜好。どんなものが好きで、なにが嫌いか俺はなにかに取り憑かれたかのように熱心に彼女のことだけを調べ続けていた――それ故にこのような夢を見ることになったのだろう。




 どれだけ事細かい情報でも構わなかった。些細な情報でも自分の知らない一花の一面を知れる度に舞い踊りたくなるくらいに嬉しくて仕方がなかった。


 だって情報は武器だ。もしも無意識の内に彼女に嫌われるような行動をしたらどうする? 

 なにも知る努力もしないで、どうやったら喜ばせることが出来るのかも考えないで、なんの戦略もなしにのうのうと近付いて、無様に振られでもしてみろ。

 そんなことになったら死んでも死に切れない。

 この情報化社会で丸腰で挑む馬鹿が居るものか。

 ハッキリ言ってそれはただの怠慢だ。



 ――絶対に告白を失敗したくなかった。



 今まで女を嫌悪していた自分が生まれてから初めての恋なのだ。

 きっとこの先も彼女以外を好きになることはないだろうと確信出来るくらいに彼女を愛してしまった。

 なにがあっても手に入れたかった。

 だからこそ慎重にならなければならない。

 彼女に告白をして受け入れてもらうにはどうしたら良いのか。徹底的に調べ上げて効率の良い最善の方法を探し出さなければならない――失敗など到底許されるものではない。


 彼女の事を考えて、考えて、四六時中ずっと考え続けていたら、とうとう夢にまで一花が現れるようになったのだ。



 夢の中の一花と俺はその時々でシチュエーションが変わる。

 例えば俺と恋人同士でラブラブなエッチだったり、無理矢理俺に犯されていたり、唯一共通しているのは夢の中で性行為をしていること。

 それは汚い俺の欲望の現れだ。



 出来れば、彼女も俺を好きになって欲しい。

 そうしたら誰よりも大事にするし、誠心誠意を持って彼女に尽くそう。



 けれど、もしも一花が俺を拒否したら?



 告白を受けてくれず、受けたとしても何かの間違いだ、別れたいと言ってきたら?

 入念に調べていたことがバレて気持ち悪がられたら?

 俺の重い執着に気付いて逃げ出そうとしたら?



 ――その時は自分はどう出るのか。




 答えは未だ分からなかった。






 

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