第17話 初めての恋
(ああ、またやらかした……)
最高に格好悪い自分を誰にも見られたくなくて例の空き教室に籠城して項垂れる。
どうしたら彼女の前でかっこつけられるんだろう。もっとスマートで余裕のある男でいたいのに一花には自分の感情ばかり押し付けてしまう。自分が一花以外の相手にそんなことされたら鬱陶しいだけだ。きっと彼女だって俺のこと鬱陶しいと思っているに違いない。
頭では分かっているのにどうしてだか一花のことになると自分でも不思議なくらいブレーキがきかない自分が嫌になってくる。
こんなはずじゃなかったのに。
告白に成功したのだからもっと上手くやれるはずだったのに気持ちばかり先行して押しつけてしまう。
本当は分かっている。一花が俺のことを好きじゃないことくらいは。きっと彼女は俺の告白を本気にしてくれなかったのだろう。だってそういう風にわざと思わせた。『嘘』だと思ったから彼女は簡単に俺の告白を受け入れたのだ。
(最初から俺が卑怯だったんだよな)
告白を断られたくなくてドッキリのように見せかけたのも、一花の家に無断で押しかけて親公認にさせたのも、一緒に登校させて周囲に認知させたのも。
彼女はそんなこと望んでなかったのに。俺が彼女を無理矢理にでも引き留めたくて既成事実を作ろうとしたのだが――その結果がこれだ。
(どうやったら上手くいったんだろうな)
もしも真っ向から告白すれば『面倒になったなぁ』と思われて断られただろう。
彼女に恋をしてからずっと見てきたのだ。なんとなく想像ついて勝手に落ち込む。
本当は俺のこと意識して欲しいし、俺の気持ちの十分の一、いや百分の一でもいいから好きになって欲しい。笑った顔も見たいし、照れた顔だって見てみたい。俺のことで一喜一憂する彼女はきっと可愛いだろう。否、絶対に可愛いに違いない!
(好きになってくれたらいいのに……)
ふと脳裏によぎったのは彼女に『一目惚れ』したあの時のことだ。
あれは去年の秋頃の話だ。体育委員だった俺は間近に迫った体育祭の打ち合わせがあったために、少し遅れて部活に行こうとしていた。急いでいた俺は近道のため校舎裏の道を通ろうとした時だった。曲がり角から姿は見えないが女達の金切り声が聞こえて、思わず顔を顰めた。
(……また、やっている)
聞き覚えのある声に内心げんなりとした。俺はその声の持ち主を知っている。確か入学式の頃から俺にベッタリとくっついてきている奴らだ。あんまりにも四六時中くっついてくるから嫌でも覚えてしまった。
壁の向こうからこっそりと覗き見れば、複数の女子に囲まれてやいやい言われているのはサッカー部のマネージャーだ。
他にもマネージャーは複数居るが、彼女は俺に色眼鏡を掛けることもなく純粋に部の為に動いてくれているから、なにかと用事があれば彼女ばかりに頼っていた。が、それがいけなかったらしい。
自称『ファンクラブ』の奴らが彼女を取り囲んであることないこと言って困らせている。真面目にサポートしてくれている彼女が俺のせいでそんな状況に陥っているのだと思うと胸にいいようのない不快感が募る。
(ふざけんなよ)
思えば昔からそうだった。人の美醜だなんて所詮薄皮一枚のことなのに昔からそういう奴らは俺の周りをウロチョロして、自分の血液の入った弁当を渡してきたり、喋ったこともないくせに勝手に彼女になったと言いふらしたり、用事があって俺と少し話した女を虐めたりする。
だからこそいつのまにか女達と関わらないようにしてきたのに。それでも今回のようなことが起きる。追い払っても追い払ってもやってくる蝿にいい加減うんざりして、前に出ようとした瞬間だった。
「ねぇ、なにしようとしているの?」
「は?」
腕をグイッと引っ張って小声で話し掛けてきたのは地味で大人しそうな女だった。俺よりも三十センチ程小さい背に、染めたこともなさそうなロングの黒髪に教師に怒られない程度のナチュラルメイクを施している彼女の眉はキリリと上がっていて小リスみたいな印象だった。
「今、葉山くんが出しゃばれば後で貴方にばれないようにもっと陰湿なイジメをされるわ」
「だからって俺のせいで迷惑を掛けられているのに、なにもしないでいられるかよ」
「なら、わたしが行くわ。わたしだってこんな場面、不快なだけだもの」
「……は? ちょっと!」
あっさりと俺の腕を離した女はそのまま止める間もなく、女達の元に向かっていく。
(なんだ、あの女……)
普通、こんな場面見ても関わりたくないだろう。だって下手をすれば自分に怒りの矛先を向けられてしまうのかもしれないのに。彼女だって怖いはずだ。現に少しだけ足が震えているじゃないか。
それなのにマネージャーを囲んでいた連中に彼女はたった一人で立ち向かおうとしている。
見て見ぬフリをすればいいのに。俺に惚れていて良いとこ見せようっていう気概でもないはずなのに。
それなのにどうして躊躇いもなく人の為に動けるのか。
しゃんと伸びた背で真っ直ぐ相手に向き合う彼女に俺は生まれて初めて恋に落ちたのだ。
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