第11話 暖かいご飯




 土曜日と日曜日の間は特に彼から連絡がくることもなかった。

 けれど月曜日の朝、やっぱり彼は迎えに来た。それどころか当然のように彼の分までご飯を用意されている。


(今回は早めに身支度しておいて良かった)



 人間とは学習するものである。例えそのせいで朝の睡眠時間が犠牲になってしまっても、完璧に身なりを整えている彼の前でだらしない姿を見せるのは気が引ける。



(まぁ、風邪の時にすっぴんもボサボサ頭もおでこに冷却シート貼った姿見られたけど、あれは熱のせいだしノーカンよ!)



「一花、アンタ今日は早いわね」

「そんなことないよ。いつも通りだよ」



 止めろ、母。余計なことを暴露しないでくれ。いつも時間ギリギリまで寝ていることがバラされてはたまったものではない。うろんげな母を笑顔で黙殺すると何かを悟ったようで、それ以上追及されることはなかったことに胸を撫で下ろす。



「おはよう、一花。今日はキミのパジャマ姿を見られなかったから残念だな」


 彼女の親の前でよくそんな台詞が吐けるものだ。チラリと壁時計を見るとまだ六時半前。一体彼は何時に起きてるのか。


「おはよう、蓮くん。そんなこと言ってないで早くご飯食べよ?」



 これ以上、母の生暖かい視線に耐えられなくてダイニングテーブルの椅子に座り箸を取る。最初の頃なら恐れ多くて彼を邪険にすることは出来なかったが、すでにもう慣れているところがある。



「そうだね。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」



 お味噌汁を飲んだ彼がふわりと笑った気配がした。向かい合う彼にチラリと視線を上げれば嬉しそうに口元を緩めている。


「とても美味しいです」

「そう? 口に合ってよかったわ。でも蓮くんなら格好良いし、人当たりも良いし、すごくモテそうね。もしかして女の子達からお弁当とかの差し入れがあったりするんじゃないの?」



 止めろ、母。余計なことをぶっこむな。おもわず咽たじゃないか。隣に座る母をこっそり睨めばさっきの逆襲か知らないフリをされた。


「……いえ、俺はそういうモノを受け取らないようにしているんですよ」

「あら、どうして?」

「以前受け取った時に、髪の毛や爪が入ったものを差し出されたことが度々あったので」


「え」

「え」



 ピクリとわたし達親子の動きがほぼ同時に止まった。なんだ、それ。ホラー過ぎないか。わたしだったら例え一回でもトラウマになっている。それなのにそんなことが複数もあるなんて可哀想だろう。

 モテ過ぎるゆえの苦労が垣間見えて朝から苦い気持ちになる。




「だから誰かが作った暖かいご飯は本当に久しぶりだな」

「え」

「俺の母親は病気でもう死んじゃったから、たまに父さんが作ってくれるけど、あの人も仕事で忙しいから合間に作ってくれる時もあるけど、どうしても作り置きで冷めたものになってしまうし、一緒に食べるとなると俺も部活とかもあって中々タイミング合わないんだ」



 淡々と語る彼は朝日も合間って一瞬だけひどく寂しげに見えた。けれど彼にとっては当たり前のことなのだろう。特に気にする様子もなく玉子焼きに手を付けた。


「うわ。これ一花と同じ味するね」

「うん。お母さんに習ったから」

「だから優しい味するんだ。俺この玉子焼きすごく好きだな」



 ふにゃりとやわらかい顔で笑う彼に母はそっと暖かいお茶を注ぐ。わたしはこっそりと一つ自分の玉子焼きを彼に差し出した。



「蓮くん、ウチで良かったらいつでもご飯食べにきていいからね。腕によりをかけて待っているから!」

「ありがとうございます。けど、良かったら俺にも手伝わせて貰えませんか? そしたら家に帰っても同じ味が食べられる」

「もっ、もちろんよ! なんなら一花と別れようと食べに来て良いし!」

「それは絶対にないんで安心して下さい」




 え、絶対にないの……?

 だってわたし彼に別れを叩きつけたのに?



 そう思っていても小市民なわたしはこの暖かい空気を壊す発言が出来なかった。


 

 

 

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