第7話 嬉しくないサプライズ




「ところでさ、昨日の俺がした告白なんだけど……」

「うん」

「実は、こっそり動画撮って貰ってたから一緒に見ない?」

「……は?」



 彼は一体何を言っているのか。まったくもって理解出来なかった。それなのにわたしを置いてけぼりにして彼は嬉しそうに頰を緩めている。



「まだ俺も見ていないんだ。だってこういう記念のムービーは二人で楽しみたいし」

「ま、まって! なんでそんなの撮ってるの!」

「俺からのサプライズだよ」


 

 どんなサプライズだ。全然嬉しくない。

 ということは土田くん達があの場にいたのは――覗き目的ではなかった。きっと蓮くんに頼まれてムービーを撮っていたのだ。

 それに思い返してみれば彼は『なんのためにオレらがあそこに……』と言い掛けていたではないか。



(なんでこの人は次から次へと爆弾用意してくるのよ)



 歩く爆弾魔か。思わず頭を抱えたくなったわたしを尻目に彼は悪戯が成功した子供のように無邪気に笑いながらスマホを取り出した。そして、そのまま入り口近くにあった椅子に座り、わたしまで抱え込み向かい合わせの姿勢にされる。



「黙っていたのは悪かったけど拗ねてないで見ようよ。ほら、俺は後ろ姿だけになっているけれど、可愛い一花の顔はバッチリ映っているよ」



 そんなモノ見たくないと思っているのに、彼はわたしの返事を待つことなく、無理矢理スマホを握らせた。

 体勢が体勢なだけに暴れようとしてもガッチリと腰を掴まれている。



「離れて、って言った」

「うん。だから一度離れたじゃない。さっきは一花のお願いを聞いたんだ。だから今度は俺の番」



 そんなの詭弁だ。ずるい。ずる過ぎる。

 抵抗しようにも暴れれば暴れる程に密着され、わたしのささやかな胸を押し付ける結果となってしまう。

 一番腹が立つのはこっちは羞恥で死にそうになっているのに、余裕の表情をしていることだ。



(ふーん。そうよね。よりどりみどりの蓮くんであれば、こんなこと何度だってやってきただろうし? もっと美人でナイスバディな子だって相手にしてきたわよね)



 考えてみたらなんだか面白くない。

 こっちは同級生に避けられてるのに。一年生の時にやらかしたから学年が上がったタイミングでちょっとくらいは仲の良い友達が欲しかったのに。全然出来なかった。

 彼ばかり可愛くて綺麗な女の子と仲良く出来てずるい。

 彼に対する羨ましさは嫉妬に変わり、ムスッと黙りこめば彼はわたしを覗き込んできた。



「……なに?」

「どうしていきなり不機嫌になったのかと思って。もしかして何かイヤな事しちゃった」

「別に。ただの嫉妬」


 

 あ、待って。わたしの考えなし。

 この言い方では、わたしが女の子達にやきもちやいているみたいじゃないか。あくまでわたしが嫉妬しているのは彼だ。案の定、勘違いしたのか彼は瞳を輝かせた。



「え……え! 一花が、嫉妬してくれたのっ!」

「ちがっ」

「可愛い。可愛い! あー、可愛い!」



 駄目だ。否定しても浮かれて聞いてくれない。

 ガックリと肩を落として、頰に軽いキスをされながら、うかつな発言をした自分を呪った。



「れんくん、やめて……」

「だって俺の彼女がこんなに可愛い」


 語彙力まで失っているじゃないか。勘違いなのにどうしよう。わたしはこれぽっちも蓮くんには嫉妬していないのに。



(けど、今なら降りれるんじゃない?)


 浮かれているからか腰に廻された腕の力は先程よりも随分弱い。これならいけそうだと身動ぎした途端、あることに気付く。



(……え、お尻の辺りに何か硬いモノが当たっているんだけど)



 実際に経験したことはなかったけれど、この状況から考えられるモノは一つだ。

 なんでこうも余計なことをしてしまったのか。気付いてはいけないことにどうして気付くのか。

 このままではまずい。迂闊にツッコんでしまえば、違うナニかが彼によって突っ込まれそうだ。どうしようかと身動ぎすることも出来ずに固まれば、あろうことか彼のほうから押し付けてきた。




「……れんくん」

「だって一花が可愛いからいけないんだよ?」



 え、なにこの冤罪。絶対にわたしのせいじゃないから罪を擦りつけないでほしい。そして彼自身も物理的な意味で擦りつけないでほしい。



「……もうヤダ。降りる!」

「こら、危ないから暴れたら駄目。余計に反応するでしょ。それに降りたところで、この部屋の鍵は俺が持っているんだからね」




 その一言でわたしの何かがぷつんと切れた。




「やだ、やだ、やだ。もうやだ。家に帰る!」




 ただでさえ昨日の今日知り合った相手にガツガツこられて昨日からわたしの精神は摩耗していたのに彼はさらに追い込んで逃げ道も残してくれない。

 もともとわたしは他人と話すことすら久々だったのに刺激が強すぎる。離して欲しいと何度も訴えたのにこんな仕打ちあんまりだ。


 情けなくもボロボロと涙が溢れ出でくる。まさかわたしが泣くなんて思っていなかったのだろう。彼はオロオロとした様子で胸ポケットからレースの付いた白いハンカチを取り出し、わたしに渡した。

 それは昼休みにわたしが忘れていったものだ。



「ごめんね。泣かないで?」


 きっと彼はなんでわたしが泣いたか分かっていないのだろう。そもそもこんなことで泣くような女と関わることもなかったと思う。だって彼の周りに居る女の子達はいつだって可愛くてスタイルも良くて自分に自信があるタイプだったから。



「やだ、もう離して!」


 グイグイと胸を押すのに鍛えられた彼の身体はビクともしない。それどころか落ち着くようにわたしの背中を撫でてくる――しかし、この状況では逆効果だ。




 だから混乱してつい余計なことを口走ってしまうことになる。



 それが彼の地雷とも知らないで。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る