アイス・エイジ 氷河期村
湖城マコト
第1話 祖父の遺言
「永士。後生だ。爺ちゃんの代わりに、
新幹線の窓際の席で外を眺めながら、
三年前当時、永士はすでに東京で生活をしていて、地元に帰る機会も減っていた。入院して弱っていた祖父が、孫にせめて故郷の伝統を見届けてほしいと感じた気持ちは理解出来るが、普段朗らかな祖父が、興奮気味に、必死に孫に懇願するような姿は衝撃的だった。まるで何かが起きることを強く恐れていたようだ。そうでなければ、あのような言葉を続けはしないだろう。
「万が一の時は、お前が村を守ってくれ」
遠回しな言い方をするような人ではない。それは比喩ではなく、言葉通りの意味のはずだ。
「大丈夫だよ。暖火の儀はちゃんと見届ける」
疑問は山ほどあったが、今は興奮気味の祖父を落ち着かせるのが先決だ。五十年に一度行われる祭事とあって、永士も以前から興味を持っていた。まだ三年も先の話だが、祖父に頼まれるまでもなく、当日は村に足を運ぶつもりだった。進学からの流れで、結果的に生活基盤は東京に移ったが、永士は故郷に思い入れがあり、大切に思っている。
「弱気になったら駄目だよ爺ちゃん。しっかり体を治して、三年後は一緒に暖火の儀を見にいこう」
「ああ、そうだな」
少し気持ちが落ち着いたのか、祖父はいつものような朗らかな笑みを浮かべていた。
容体が急変し、唯一の肉親だった祖父が亡くなったのは、その三日後のことだった。結局、言葉の真意を確かめられないまま、暖火の儀に関するやり取りが祖父の遺言となった。
そして、祖父の死から三年後の一月二十日。五十年に一度の祭事、暖火の儀が行われるこの日。永士は東京から、故郷の
『間もなく。新青森、新青森です』
車内のアナウンスが永士の意識を思考の沼から引き上げた。間もなく降車駅なので、永士も降りる準備を始める。この時点で東京から三時間強が経過しているが、永士の故郷は市街地から遠く離れた山村だ。到着までまだまだ時間がかかる。
駅から相巣村まではバスでの移動だ。山奥という土地柄、相巣村を経由するバスの本数は少ないが、帰郷の際に何度も利用している導線なので、バスの時刻表は把握している。新幹線も、時間をあまりロスせずバスに乗り継げるような便を選んできた。
「ダウンジャケットの方がよかったかな」
永士が駅舎の外に出ると、まだ正午過ぎだというのに気温は零度を下回っていた。地元から厳しい歓迎が肌を刺す。タートルネックのセーターにピーコートを着ていても温かさは物足りない。それでも天気が良くて、風雪に見舞われていないだけマシな方だ。
「えっと、どれが相巣村まで行くバスだ?」
「しっかりしてよ
「いやいや、そもそも
バス乗り場の前には、四人の若者の姿があった。全員二十歳前後ぐらいに見えるので、大学生の旅行客だろうか。白いコートを着たメイクの濃いお団子頭の女性と、スマホで路線を調べる黒いチェスターコートを着た短髪の男性が言い合う様子を、スタジアムジャンパー姿の金髪の男性と、ピンクベージュのダウンジャケットを着た素朴な顔立ちの女性が、苦笑交じりに見守っている。決して険悪な雰囲気ではない。お互いのそういった部分も許容出来る友人関係なのだろう。
「相巣村に向かわれるんですか?」
たまたたまやり取りが聞こえていた永士は、大学生グループに声をかけた。万が一乗り過ごしたら可哀想だ。
百八十五センチの長身と端正な顔立ちを持つ永士は存在感抜群で、四人は一瞬、神々しいものでも見たかのように目を見開いていた。
「僕も相巣村に向かうところなんです。乗り場はこっちですよ」
「ありがとうございます。乗り間違えてたら大事でした」
親切な言葉に、黒いチェスターコートの男性が安堵の笑みを浮かべた。
「お兄さんの顔、どこかで見たような気が?」
お団子頭の女性がジッと永士の顔を見つめてくる。
「この子がごめんなさい。風花ってば、ここは合コン会場じゃないぞ」
そう言って、ダウンジャケットの女性が申し訳なさそうに間に入った。口振りから察するに、風花という女性はこういうセリフを頻繁に使っているのだろう。一方で永士の方は初対面の相手にも顔を知られる覚えはあった。芸能人のように顕著にメディアに露出があるわけではないが、数回ほど顔写真付きで雑誌のインタビューを受けた経験はある。
「バスが到着したようですね」
相巣村方面行きのバスが乗り場へと入ってくるのが見えた。外は寒いし旅の荷物もある。一刻も早くバスの中で暖を取りたい。
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