第65話 神守優司の懸念

 とはいえ、人は綺麗な生き物ではない。人は穢れの中に美を宿す。だからこそ、怖くて仕方がなかった。信じていた人たちに裏切られるその瞬間が。積み上げた安寧が崩れる時が。


 今でも夢に見る。みんなから捨てられる夢。


 始めは家族みんなで笑っている。楽しい日々を共有し、平穏な日常を大切に探している。

 しかし、三人の笑顔は次第に歪み、僕は笑顔を忘れていく。

 「期待外れだ」と父に突き飛ばされ、「産まなければ良かった」と母に泣かれ、「お前さえいなければ」と兄に蔑まれ……。

 当然と言えば当然の報いではある。それでもそれを苦しいと思ってしまうのだから、僕は罪深い人間だ。

 大好きだった家族に捨てられる痛みは、息もできないほどだった。「いかないで」と、手を伸ばせば目の前で朽ちていく。そう、あの日のように。


 呆然と虚空を見つめていると、今度は従者のみんなが僕の肩を叩く。彼らの顔を見ると妙に落ち着いて考えることができる。

 そうだ、これは夢だ。僕の家族があんなこと言うはずがない。

 だが、そんな考えもなくなるほどに、五人の態度も家族同様に一変する。

 「失望しました」と波青さんはその場を静かに離れ、「私の人生を返して」と大鳳さんは僕を殴り、「茶番は終わりだ」と古白さんは白い目で僕を見下ろす。両の手をついて泣く僕に、「お前のせいで」と霧玄さんは武道くんの形見を握りしめながら呟き、「君さえ見送れば僕は自由だ」と悠麒さんは嬉しそうに笑う。

 嘘だ、夢だ、と思っていても、「本当に?」と心の中で僕が問う。

 失望されることをして来た。人生を奪った。幸せな日々は全て彼らが作り上げた茶番。僕のせいでみんなが不幸になった。僕さえ死ねば、彼らは真の自由を手に入れる。その先に絶望が待ち受けていたとしても、何も知らなければ、ただ不幸が起きたと思うだけ。超常現象が偶然起きた。それで一般の人は納得してきた。彼らだってその一人になるだけだ。何が悪い。


 一人でやっていくしかない。そう、重い足を引き摺りながら進めば、友人たちが指を指して話している。

 「厨二病だろ、あいつ」と悠斗くんは笑い、「一緒にいると不幸になる」と奏真くんは身を震わせる。「付き合うの疲れた」と幸希くんはため息をつき、「そもそも友達だと思ったことなんて一度もねぇよ」と暁人くんは失笑する。

 やはり一般人からすれば僕は異端児だ。理解されることはない。友人なんてできっこない。仕方のないことだ。

 そう思っても、つらいものはつらい。胸が、ズキズキと痛む。心が血を流しているのがよくわかる。


 まだ力は残っている。地を這いずりながら、醜くも進む僕に、最後、舞衣さんが言う。

 「あなたを殺すのが、私の仕事だから」と。そうして、僕の首をゆっくりと締める。

 あたたかい手が僕の首を包み、絞る。息が、できなくなる。

 死ぬんだ。諦めて目を閉じると、ようやく、それが全て幻だったことに気がつく。首に傷はなかった。そうして、すっかり安心する自分に気がつく。都合の良いことばかりを見てしまう自分が醜いと思ってしまい、今度は自分で首を絞める。力が入らない。死ねない。

 これを何度繰り返したことか。


 実際、本当に彼らに嫌われていたとしても。僕は、彼らを嫌うことはできなかった。心の底から愛しているから。

 守りたいと思ってしまったからには、半端なところで止められない。


 だけど、本音が許されるのなら。


 __疲れた。


 ただ、それだけだったんだ。

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