結婚式の夜に夫から「お前は愛人だ。愛されるなんて期待するな」と言われました。 お望みどおり愛人になります。貴方ではなく国王陛下の。
レオナールD
第1話
それは結婚式が終わった夜の出来事。
「お前は愛人だ」
「俺に愛されるなんて期待するな」
夫となった男はそんなふうに言い放ち、寝室から出て行ってしまった。
あまりの事態に私はベッドの上で呆然と固まってしまう。
せっかく、羞恥心を我慢してスケスケのネグリジェを着たというのに、あまりにも虚しい結末である。
私の名前はローズ。
旧姓は『アリエット』だが、今日から『セグネイル』になったはずだった。
夫である男性の名前はエヴァン。
王国の上位貴族の一つ、セグネイル侯爵家の当主である。
「何ということなの……」
夫の無礼すぎる行動に呆けていた私だったが……いつまでもこうしてはいられない。
とりあえず、この間抜けな格好をどうにかしなければ。
チェストから上着を取り出して、いそいそとネグリジェの上に羽織った。
翌日になって、夫の奇行の原因について調査を始めた。
エヴァンは家にいなかった。
寝室で私に暴言を吐いてからすぐにどこかへ出かけてしまい、朝になっても帰ってこなかったようだ。
信頼できる使用人に命じて調査を頼んだところ……ビックリするほど簡単に、驚愕の事実が発覚した。
「夫に愛人がいるですって……?」
「はい、そのようです……」
実家から連れてきたメイドの女性が、気の毒そうに表情を曇らせる。
夫には愛人がいた。マリーという名前の平民の女のようだ。
少し前まで娼館に勤めていたようだが、最近はパトロンの男から家を買ってもらい、そこに移り住んでいるそうだ。
娼婦としての仕事も辞めており、周囲には「自分はいずれ侯爵夫人になる」と公言しているらしい。
「呆れたこと……どうして、これまで気がつかなかったのかしら?」
当然であるが……婚姻の前には、相手の素行や交友関係を調査するものである。
もちろん、私の実家であるアリエット子爵家もエヴァンの素行を調べたはずなのだが……。
「おそらくですが……旦那様が揉み消していたのかと」
メイドが言いづらそうに目を伏せた。
私の実家であるアリエット子爵家はセグネイル侯爵家から多大な援助を受けている。
おそらく、父はエヴァンに平民の愛人がいることを知っていながら、それを知らないフリをしたのだ。
嫁ぐ私に対してもそれを告げることなく、侯爵家に売り飛ばしたのである。
「あの金の亡者……やってくれたわね」
私は実の父親に向けるとは思えない、忌々しい口調になって爪を噛んだ。
父親は亡くなった前妻の娘である私を冷遇して、後妻とその娘を溺愛していた。
だから長子で跡継ぎであるはずの私を他家に売り飛ばし、家から追い出したのだ。
おそらく、後妻も関わっているだろう。わざわざ愛人のいる男のところに嫁がせるあたり、彼らの悪意がヒシヒシと伝わってくる。
「このままでは、お飾りの妻として冷遇されることになるわね……ひょっとしたら、殺されてしまうかも」
私を
貴族家の当主がいきなり平民を妻にすれば周囲から非難されるが、後妻であるならば受け入れられることが多い。それを見越しての計画なのだろう。
「あるいは、愛人が産んだ子供をお嬢様の子供として育てるように命じられるかもしれませんね……」
メイドが怒りの表情で言う。
女を舐めきった扱いである。人を何だと思っているのだろう。
「どちらにしても、この家にいたら私の未来は真っ暗よ。このままじゃ破滅してしまうわ」
「逃げてしまいますか? 外に出ることは簡単だと思いますが……」
侯爵家に嫁いできた私であったが、特に見張りなどはつけられることなく自由に外出することを許されている。
それは信頼されているというわけではなく、逃げ出したところでどこにも行くところはないと知っているがゆえの扱いだろう。
侯爵家にしてみれば、実家の子爵家を味方につけた時点で私は詰んでいるのだ。
実家には見捨てられ、上級貴族を敵にしてまで私に味方してくれるものなどいない……そんなふうに考えているに違いない。
「いいわ。逃げましょう」
だが……彼らは知らなかった。
私にはとっておきの逃げ場所がある。
侯爵家の圧力などそよ風のようにはねのけて、私を匿ってくれる頼もしい味方がいるのだ。
「できることなら迷惑はかけたくなかったけど……王妃様を頼ります。昔の縁に助けてもらいましょう」
私はそう言い放ち、よそ行きのドレスへと着替えた。
目指すは王城。この国の頂点に君臨する国王陛下がおわす場所である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます