梅雨間の空

卯の花の、匂う垣根に

時鳥、早も来鳴きて

忍音もらす、夏は来ぬ


「好きね、その曲。」

 振り返ると君が優しく微笑みかけてきた。

「そうだね、……思い出の、曲だから。」

 教室の窓辺に腰掛ける僕は視線を外に戻した。紺碧の空は夕焼け色に染まり、高く澄んだ空には積乱雲がモクモクと沸き立っていた。

「この歌を歌ってると、夏が、近付いて来てくれるような、そんな気がして。」

「そう。」

 君はそっと歩み寄ると、僕と同じ空を見渡した。

「……綺麗ね。」

 君の夕焼けに染まる横顔は、淡く切ない気持ちにさせた。

「……ごめんね、こんなに、いつまでもいつまでもくよくよしててさ。」

「ううん、あなたらしいわ。」

 君は僕の見ている空よりもずっとずっと遠いところを見ているようだった。

「私の方こそ、ごめんね。」

「謝らないでよ……事故だったんだしさ。君は何も、悪くないよ。」

 去年の梅雨に、君は交通事故で亡くなった。泣いて泣いて泣いて……涙が枯れてしまったころ、君が現れた。今となりにいる君が、幽霊なのか、はたまた僕が思い描いているだけの、ただの幻覚に過ぎないのか。でも、そんなことはどうでもよくなった。君が隣にいてくれる、ただそれだけで、長い長い梅雨の日も楽しく過ごせた。

「……ねぇ、きっとね。あなたにもあつい夏が来ると思うよ。」

「ううん。もう夏は来ないよ。……君が死んじゃったからさ。」

「いいえ。私のことをずっと考えて、夏が来ないようにしているだけよ。あなたは。」

「君がいない夏なんて、いらないよ!」

 君はすごく悲しそうな顔をしていた。

「私は、あなたに前を向いて、歩み続けてほしい。だって、生きてるんだもの。だから、ね?あなたが死んだときいっぱい話を聞かせてよ。あなたの過ごした夏の日々を。楽しみに待ってるから。」

 隣を見ると彼女の姿はなかった。何となく、もう現れることもないような気がした。

「言い逃げはずるいなぁ……。君がいうなら、仕方ないか。」

 窓にカギをかけると僕は教室を後にした。

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