キャリアーガールズ

@whitekansei0918

第1話

「では、一限の授業を始めます」

 始業式の翌日の最初の授業。中学生になったばかりで緊張と期待感の混じった表情を浮かべて着席している女子生徒たちを前に、教壇に立つ若い女性教師もやはりやや緊張した面持ちだった。

「...今からする授業は、国語でも数学でも、英語でも理科でも社会でもありません」

 教師の言葉に、教室に微かなどよめきが起こる。

「ですが、それらの教科よりももっと重要な授業です。よく集中して聞いてくださいね?でないと...」

 女性教師―――小春日こはるび 和子かずこは一度言葉を切って教室を見渡し、生徒たちがちゃんと自分に注目しているかどうかを確認した。

「先生も、皆の命を守れませんから」

 そしては黒板に向き直り、一本のチョークを取る。

「今から二十年前―――人類に、ある天敵が現れました」

 チョークが黒板の上を滑っていく。やがてそこに書かれたのは...

「彼女らの名は、『キャリアーガールズ』」

 その言葉を聞いた瞬間、教室の窓際の一番後ろに座っていた赤髪の少女は、微かに眉をひそめた。





 ――――――――





「うわーん!遅刻遅刻!」

 春の穏やかな日差しが降り注ぐ朝。口にパンを咥えたまま、慌ただしく家を飛び出し全速力で走りだした一人の少女がいた。

「もー!怜ちゃんも鳴苗ちゃんも、なんで起こしてくれなかったのー!!」

 独り言には似つかわしくない声量で叫んだ少女―――花咲はなさき 結実香ゆみかは、その赤毛のショートヘアを振り乱し紫の瞳をほんの少し涙目にして一直線に駆ける。通学路のビルの立ち並ぶ景観も、今は楽しんでいる余裕はなかった。

 彼女がこのような窮地に立たされている理由は単純。目覚まし時計の故障である。今朝、普段より早めに目が覚めた彼女は寝ぼけ眼で時計を見た。5時20分。起きるにはまだ早い。再び目を閉じ夢の世界へ戻る。

 しばらくして彼女は再び目を覚まし、時計を見た。5時20分。起きるにはまだ早い。再び目を閉じ夢の世界へ戻る。

 これを八回繰り返したのち、流石の彼女も何かがおかしいと気付いたらしい。慌てて制服に着替えて家を飛び出し、今に至る。

「はぁ、はぁ...よし、やっと見えてきた...!」

 全力で走った甲斐あってか、いつの間にか目的地である楠木ヶ丘女学院は目前に迫っていた。結実香は腕時計を見る。時刻は8時26分。一限にはギリギリ間に合いそうな時間だ。

「よし、これならいける!」

 だが、ラストスパートをかけようとした彼女の瞳にあるものが映った。

「って、ああああ!?『アレ』のこと、完全に忘れてたああぁーー!?」

 校門の入り口に計四つ設置された、金属製で円柱状の大きな機械。天井はドーム状になっており内側に小さな液晶画面がついている。何かの検査装置のようだ。結実香がいつものようにその中に入り画面に触れると、画面には『検査中...』の文字の表示に切り替わり、微かに何かの作動する低い音が鳴り始めた。

「うぅ、早くしてよぉ...こっちは急いでるんだよぉ...!」

 焦りを隠しきれず、装置の中で足踏みする結実香。

「もう無視して行っちゃおうかな...?いや、でも確かこれをやらないと警報が鳴るってハルちゃん、言ってたよーな...」

 足踏みだけでは飽き足らず彼女がその場で回転し始めた頃、機械はようやく用事を終わらせたらしい。画面には『陰性』の文字が表示されていた。

「よっし!い、急げ急げー!」

 結実香は再び走り始める。高速で上履きに履き替え、階段を二段飛ばしで駆け上り、『廊下は走らない』と謳うポスターの言葉など気にも留めず、ついに最終目的地、二年一組の教室の扉を豪快に叩いた。

 その直後に鳴り響くチャイム。

「ま、間に合ったー!」

 結実香は汗だくの顔に安堵の表情を浮かべる。だが、ふとある違和感に気が付いた。

「あれ?ハルちゃん、なんで黒板に数式書いてるの?ホームルームまだだよね...?」

 ハルちゃんと呼ばれた一組の担任、小春日先生は、なぜか数学の教科書を片手にチョークを構えていた。

「...結実香ちゃん。時計の読み方って、分かる?」

「へ?な、何言ってるの、えーと...」

 結実香は腕時計を見る。時刻は8時26分。

「ほら、まだホームルームまで4分も................あっ」

 そこまで言って結実香はあることに気付く。校門前で最後に時計を見たときから時間が進んでいない。

 似たような現象が今朝もあった、ような。

 その時、教室の後ろの方に座っている紺のロングヘアに青い瞳の少女が呆れたように彼女を見て、ため息をついた。

「はぁ.......結実香、今のは一限が終わったチャイムですよ...」

 それを聞いて恐る恐る、教室の時計を見る。それが指していた時刻は9時半。

「...結実香ちゃん」

 小春日先生は穏やかな笑顔で彼女の方に歩み寄る。

「は、はい...?」

「罰として、放課後一人でトイレ掃除ね♪」

「い...いやあああああああああ!?」

 五月晴れの空に、結実香の悲鳴が響き渡った。





 ――――――――





「うぅ...まさか腕時計まで止まってるなんてぇ...」

「あはは、ほんとに災難だったね...」

 昼休み。涙ぐむ結実香を、黄緑色のミディアムロングに緑の瞳の少女―――稲里いなさと 鳴々江ななえは、優しくなだめた。

「まったく...普段から規則正しい生活をしていないからこういうことになるんですよ?」

 先程の紺色の髪の少女―――西空にしぞら れいは、逆に厳しい口調でそう言いながら、鞄からお弁当を取り出す。

 三人の少女は学校の屋上のベンチに座り、いつも通りのランチタイムを過ごしていた。

「うぅ...だってぇ...ヤーチューブって面白くてずっと見ちゃうんだもん...」

 言葉を濁しながら結実香も弁当箱のフタを開ける。

「あ!卵焼きが、三個も入ってる!?」

「こら、人の話を聞きなさ...」

「うわぁ~!タコさんウインナーもあるよ、ほら!やっぱり私たちのお母さんはすごいねぇ~」

「はぁ...まったく貴女は......もう高校生なんですから、少しはしっかりしてください」

 怜は呆れて肩をすくめる。

「まあまあ、それが結実香ちゃんの良いところじゃない?」

 苦笑いしながらも、鳴苗は結実香のフォローに回る。

「はぁ、お母さんといい貴女といい、結実香を甘やかしすぎなんですよ。貴女も知っているでしょう?この頃の結実香の自堕落っぷりを。このままでは落ちぶれていく一方です。誰かが正しい道に戻してあげないと...」

「そういう怜ちゃんは、ちょっと厳しすぎじゃない?もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないかな...?」

「いいえ。友人として、そして家族として当然の対応です。それに私は人にだけ厳しくしたりしていません。自分にも厳しいですから」

「でも、ほら......怜ちゃんも知ってるでしょう?結実香ちゃんは、過去が過去だから...」

「...っ!それを持ち出すのは、卑怯ですよ...」

 怜と鳴々江は弁当箱の蓋を開けるのも忘れ、互いに意見をぶつけ合う。

「うーん!美味しい~~!」

 が、そんな二人を気にも留めず、間に挟まれた結実香は美味しそうに好物の卵焼きを頬張っていた。

「...はぁ、貴女は幸せそうで何よりです...」

 怜は再びため息をつくのであった。





 ――――――――





「あーーー!やっと終わった~~!帰れる~~!!」

 放課後、結実香、怜、鳴々江の三人はトイレ掃除を終え、まさに家に帰ろうとしていた。

「みんな、お疲れ様。よく頑張ったね」

 三人がサボらないよう見張っていた(といっても、サボりそうな人物は一人しかいないが)小春日先生は、相変わらずの天使のような笑顔で彼女らにねぎらいの言葉をかける。

「ハルちゃん、ありがとー!そ、その...次からは遅刻しないよう、き、気をつけます...」

「うんうん。次やったら、もっと重い罰を用意しておくからね~」

「ひいいぃ!?」

 そんなことを笑顔で言ってのけるので、結実香は震え上がるしかない。

 しかし次の瞬間、小春日先生の表情が少し固くなった。

「さて、三人とも。もう日が暮れかけています。早く家に帰りなさい。絶対に寄り道はしないこと。いいですね?」

「はーい!」

 結実香は元気よく返事する。

「じゃあね、ハルちゃん!また明日ー!」

「はい、さようなら」

 三人は先生に別れを告げ、靴を履き替え校門を出る。

「はぁ、まったく...どうして私までトイレ掃除をする羽目になるんですか...」

 怜は落胆と苛立ちの混じったため息を漏らす。

「あら、怜ちゃん自分から進んで掃除に参加したのに、忘れちゃったの?」

 鳴々江が驚いたような表情で聞き返す。

「『結実香が一人で掃除なんて心配なので様子を見に行きませんか』って一緒にトイレまで行って、結実香ちゃんが掃除してるところを見て『全然なっていません!いいですか、トイレ掃除というのはこうやるんです』なんて言って一緒に掃除し始めたのに...ふふ、やっぱり怜ちゃんって、なんだかんだ結実香ちゃんに甘いよね」

「うっ...わ、私はただ、一人でやるより二人でやった方が効率的だと考えただけです...」

 怜の頬が少し赤くなる。

「あ~怜ちゃん赤くなってる~」

 結実香はニヤニヤしながら怜の顔を覗き込んだ。

「う、うるさい!結実香、本当に反省してるんですか!?そもそも貴女が遅刻しなければこんなことには...」

「してるよ!悪かったと思ってる!怜ちゃんも鳴々江ちゃんも、手伝ってくれてありがとう」

 パン、と顔の前で両手を合わせ、結実香は二人に感謝の意を伝える。

「それにしても疲れたね~!ねえねえ、今日みたいな日はさ、『あそこ』行かない?ちょっとリフレッシュしようよ!」

「はぁ...?別に私はそんなに疲れていないんですが...」

 結実香の提案に怪訝そうな顔を浮かべる怜。

「確かに良いかもしれないけど、今日はちょっと遅いからやめといた方が良いと思うよ。ほら、小春日先生も言ってたでしょう?『寄り道しないで帰ること』って」

 鳴々江もあまり乗り気ではないようだ。

「え~~?ちょっとだけ!ちょっと寄るだけだから!お願い、行こうよ~~」

「ダメです。貴女の『ちょっとだけ』が何時間になるか分かりませんから」

 怜は相変わらず厳しい口調で結実香をたしなめる。

「ほ、ほんとにちょっとだよ~!五分!五分だけだから!」

「滞在するのは五分でも、ここから『あそこ』に行くまで片道十五分はかかるでしょう?今日は諦めた方がいいですよ」

「うぐぐ...そんなぁ......鳴々江ちゃん、なんとか言ってよ~」

「いや...私も今日はやめといた方が良いと思うな...また別の日にしようよ」

「鳴々江ちゃんまで!?」

 両手で頭を抱える結実香。鳴々江にも反対されたのが相当ショックだったようだ。

「それより、中間テストまでもう二週間しかありません。早く帰って対策を練らないと。結実香、勉強は進んでいるんですか?」

「うっ、ま、全く...だってまだ二週間もあるんだよ!?そんなに焦らなくても...」

 怜に痛いところを突かれ、結実香はたじろぐ。

「そうやって貴女はいつもギリギリまで引き延ばして、直前になって取り掛かり始めるから失敗するんですよ?今のうちから計画的に勉強すれば...」

「う、うるさいなぁ!怜ちゃんはいいよね、勉強の才能があって。私は普通人間だから怜ちゃんみたいには上手くいかないよ。勉強したって、どうせ良い点なんか取れないに決まってる」

「そんなのやってみなければ分からないでしょう?努力をせずに成功を掴めるはずがありません。そもそも貴女には我慢強さというものが足りていないんですよ、もう少し自律心を持って...」

「だからもういいってば!お説教する怜ちゃんは嫌い!私のことなんて放っておいてよ!」

「は、はぁ!?私は貴女のためを思って言っているんですよ!?それなのに何故...」

「ちょっと二人とも落ち着いて...!」

 二人の口論がヒートアップしてきたので、鳴々江はすかさず止めに入ろうとする。

「フンだ!私は怜ちゃん家の娘であって、怜ちゃんの娘じゃないもん!それにそんなに私の世話焼き係がしたいなら、なんで今朝私を起こしてくれなかったのさ!」

「起こそうとしましたよ、何度も!貴女が起きなかったんでしょう!?それに貴女の世話焼き係なんてまっぴらごめんです!」

「あぁそう!もういいよ!怜ちゃんなんて大っ嫌い!『媒介者スプレッダー』に襲われて、『キャリアーガールズ』になっちゃえばいいんだ!」

 そう吐き捨てて結実香は踵を返し、進行方向とは逆向きに駆けだした。

「っ!あ、貴女、流石に言っていいことと悪いことが...!」

「ま、待って結実香ちゃん!」

 鳴々江は叫んだが、結実香の姿はどんどん小さくなっていく。

「怜ちゃん、結実香ちゃんを追いかけよう!」

 鳴々江は怜の方を見る。怜は俯き、数秒間考えた後、ゆっくりと首を横に振った。

「あの子が『放っておいて』と言ったんですから、放っておきましょう。私は帰ります」

 怜は再び帰り道を歩き始める。鳴々江は慌てて追いかけて彼女の腕を掴んだ。

「ま、待って!もうじき日が暮れる。そしたら結実香ちゃんが危ない。『奴ら』に襲われちゃう」

 歩みを止める怜。しばらくの沈黙の後、怜は制服のブレザーのポケットからあるものを取り出した。

「大丈夫ですよ。私たちにはこれが配られてるんですから」

 夕日を浴びて黒く輝くそれは―――拳銃。

 中学校入学時に女子生徒全員に配られ、法律により所持・使用を認められている。

「あの子は体育は私よりできるはずです。それに『奴ら』に対する殺意だって......少なくとも、『普通人間』なんかじゃないはずなのに」

 怜は銃をポケットに戻す。

「私はあの子の所には行けません。先に家に帰ります。行きたければ貴女一人で行ってきて下さい」

 そう言って怜は鳴々江の手を振りほどき、歩き始めた。

「...分かった」

「...信じていますよ」

 鳴々江は結実香を探すため、夕暮れの光がビルで反射する街の中を走り出した。





「はぁ...はぁ...」

 街の外れにある、木々の生い茂る小さな山の中を駆ける鳴々江。息を切らしながらも走り続けていると、やがて視界が開け街の美しい景色と一人の少女の後ろ姿が彼女の目に飛び込んできた。

「結実香ちゃん!」

「な、鳴々江ちゃん!?どうしてここだって分かったの…!?」

「ふふ、だってさっきここに行きたいって言ってたでしょ。それに結実香ちゃん、そういう気分になった時は、どうせここだろうなって」

「あ、あはは~…お見通しか~」

 山の頂上には小さな神社があった。その隣には空き地があり、街に向かってせり出す崖になっている。結実香はその崖を囲む木製の柵に肘をつき、先程まで夕暮れに溶け込む街を眺めていたようだ。

「さすがは鳴々江ちゃんだね~」

 結実香は鳴々江を見てばつが悪そうに笑っていたが、突然堰が切れたように泣き出した。

「うっ…ぐすっ…鳴々江ちゃん…わ、わたし…怜ちゃんにひどいこと言っちゃった…これじゃうちに帰れないよぉ…!」

 鳴々江は結実香に歩み寄ると、優しく彼女を抱きしめる。

「大丈夫だよ。怜ちゃん、口では厳しいこと言ってるけど、本当は私たちのことが大好きだから」

「そ、そうなの…?」

「うん。ほら、お義父さんとお義母さんって、私たちにすごく優しくしてくれてるでしょ?だから怜ちゃん、優しい人ばかりだと結実香ちゃんがダメになっちゃうんじゃないかって心配して、心を鬼にしてるんだと思う。怜ちゃんは本当は優しい人なんだよ」

「そ、そうなのかな…」

「そうそう。あともしかしたら、お義父さんとお義母さんが私たちに優しくしてるのを見て嫉妬してるのかもね」

 鳴々江はゆっくりと結実香の頭を撫でる。

「とにかく、許してもらえないかもなんて気にする必要はないよ。一緒にうちへ帰ろう、結実香ちゃん」

 二人の少女はしばらく抱き合っていた。やがて結実香は鳴々江の腕をゆっくり解き、まだ涙を溜めた目でニコっと微笑んでみせた。

「…景色。二人で、もうちょっとだけ見ていかない?」

「しょうがないなぁ」

 結実香と鳴々江は柵まで歩いていき並んでもたれかかった。そこから見える景色は、それはそれは美しいものだった。

「ここで私たちが初めて会って、もう七年になるんだね~」

 懐かしいな、と結実香は思う。時の流れは速いものだ。

「っていうか私たち、もうそろそろ二十歳!?信じられないよ~!」

「あはは、そうだね」

「私たち、大人になったら何してるんだろ?怜ちゃんはトー大に行って『裂死病』の薬の研究するって言ってたよね。いいなぁ~研究者。カッコいいなぁ~」

「うんうん。怜ちゃんなら東大もきっと受かるだろうね。それにもし本当に『裂死病』の治療薬が作れたら、人類を救う英雄だもんね」

「英雄!?もっとカッコいい!」

 結実香は鳴々江の言葉を繰り返し、興奮に浸る。

「そうだ、鳴々江ちゃんは?」

「え?」

「将来。鳴々江ちゃんは何してると思う?」

「わ、私は…」

「…え?」

 結実香はふと鳴々江の方を向き、そこで目を丸くした。

「鳴々江ちゃん…?」

「…?」

「なんで泣いてるの…?」

「え…」

 結実香にそう言われて頬に触れ、鳴々江は初めて自分が泣いていることに気付いた。

「あ…その…ごめん、ちょっとこの間読んだ本があまりにも感動的で、それを思い出しちゃって…」

「えー!私の話聞いてなかったの!?ひどーい!」

「ごめんごめん…」

 しばしの沈黙。黄金色の雲が流れ、太陽はゆっくりと西へ傾いている。

「そうだ!鳴々江ちゃんはプロのテニス選手になりなよ!」

「え、えぇ…?」

「だってテニス部の副キャプテンでしょ!?賞もいっぱい取ってるし!絶対なれるよ!」

「い、いや、私は別に…」

「あーあ、いいよなぁー。みんな色んな才能があって。羨ましいよぉ~。私は『普通人間』だもんなー。私も何か光るものが欲しい人生だったよ、とほほ…」

「ううん、そんなことないよ。結実香ちゃんにだってちゃんと光るものはある」

「えー?そうかなぁ…」

 結実香は腕組みをして目を閉じ、うーんと唸り始めた。自分の長所を考えているのだろう。

「…あ!」

「何か思いついた!」

「課外授業って、もしかして明日!?」

 予想外の回答に鳴々江は危うく柵を超えて崖から落ちそうになる。

「そ、そうだけど…」

「やっぱり!私としたことが忘れてたよ!いやー楽しみだなぁ、『白衛隊ホワイトキャリアー』の基地見学!しかも美央さんが案内してくれるんだもんね!?最高すぎるよ~!」

 結実香は同意を求めて鳴々江の方を見る。しかし彼女はこちらを見てはくれず、反応は一拍遅れて返ってきた。

「結実香ちゃん」

「なに?」

「まだ、『白衛隊』になろうって思ってるの?」

「…うん」

 そのたった一言で、風船の空気が抜けるように結実香の興奮がどんどん冷めていく。

「だって私には、それぐらいしかないんだよ。『白衛隊』になって、すごい超能力を身に着けて、美央さんみたいにたくさんの人を助ける…それぐらいしか、私には」

 そこまで言いかけた時、結実香は鳴々江に両肩を掴まれた。

「どうしてそんなこと言うの!」

「…っ!?」

 鳴々江は結実香の両肩を掴んだまま俯いている。滅多に大声なんて出したりしない鳴々江が珍しく声を荒げたので、結実香は思わずたじろいでしまう。

「私だって、…んなが羨ましいのに…」

 鳴々江の口から微かな声が漏れる。

「え…?」

「…ごめん、急に大声出しちゃって。何でもない」

 鳴々江は手を放し、顔を上げた。

 街の色はいつの間にかオレンジから赤へと変わっていた。

「そろそろ帰ろっか」

「そうだね」

 夜はすぐそこまで迫っている。二人は山を下り、帰路を急いだ。

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