乙女ゲーのヒロインでもないのに毒を盛られたとしか思えなかった話…(。>д<)

たかさば

 

 2023年、8月末のことである。


 家族でとある地方に旅行に来た私は、朝食バイキングを心ゆくまで楽しもうとはりきっていた。

 炊き立てご飯、具だくさん豚汁、和惣菜各種にプチパン色々、ソーセージにスクランブルエッグ、カレーにそばにサラダバー、スープにデザート、海鮮丼コーナー。もともと好き嫌いがほとんどなく、なんでもおいしくパクパクタイプということもあり、出ているメニューを全部食べてやるぞと、早朝7時から意気込んでいたのである。


 旦那は大喜びで海鮮コーナーの刺し身を根こそぎ、娘はスマイルポテトをてんこ盛り、息子はチャーハンの周りをナスの煮浸しで飾り…筑前煮のシイタケだけを小皿にいれてご満悦の様子。

 ……なんというはた迷惑な取り方をするのだ、私はきちんとマナーを弁えて全種類を一口分ないし一個だけ取って乗せているというのに…。後で全員お説教だな、そう思いながら私は色んなおかずを小さな小分け仕切りのついた皿に詰めていく。


 バイキングの醍醐味を心行くまで堪能すると決めたものの、毎朝食べている納豆も食べておかねばならないことを、ふと、思い出す。

 私は普段、毎朝納豆ご飯を食べている。納豆は血圧を下げる効果があると聞いて以来、必ず食べるように心がけているのだ。


 卵かけごはんコーナーにミニサイズの納豆が置かれていたので、一ついただくことにした。

 ミニサイズの納豆パックに少しテンションが上がるのは、いつも大粒のやつばかり食べてるので真新しさを感じているからか…。


 食べるものを心行くまでチョイスし座席についた私は、まず、納豆のパックのビニールのふたをめくり、グルグルと糸をからませ、念入りに混ぜることにした。

 私は納豆はよく練って食べると決めている。練れば練るほどに、納豆の旨味が増すことを知っているからだ。


 高血圧を気にしているので、たれは入れずにそのままご飯の上にのせてわしわしと食べるのが常なのだが…今日は食べるものがたくさんあるので、納豆だけ口の中に入れる事にする。超ミニサイズの納豆は一口サイズなので、箸でつまんで、パクリと口に入れ、もぐもぐと咀嚼をし、ごくんと飲みこんだ。


 納豆の塊が、のどのカーブを曲がったその瞬間。

 …得も言われぬ匂いがしたような、気がした。


 味は納豆だと思う、でも、のど越し?が明らかに違った。ヤバいモノを食べてしまったかも、秒で違和感を認めたものの、すでに飲みこみ始めていて、止められない。吐き出せない位置にあった納豆は、違和感有りまくりで私の胃袋の中に落ちてしまった……。


 口の中に残る納豆臭に混じって、おかしな刺激臭がある?

 慌てて小さな納豆パックを手に取り、匂いを嗅ぐと…納豆臭に混じって、ほのかにブリーチ剤の匂いがするではないか!!


 気のせいだったかもと一瞬思ったが、明らかに現実だった。

 

 何も考えずに、そのままごくんと飲んでしまったが、胃袋からせり上がってくる納豆臭?が、明らかに自分の知っているものではない。


 やっぱり気のせいだったと思える瞬間が訪れるかもしれないと、何度も匂いを嗅いで確認してみるが…やっぱり、どう考えてもブリーチ剤の匂いがする。私は月に一度ブリーチ剤を使っているので、このニオイには覚えがあるのだ。


 目に染みるような刺激臭とよく似たものが、納豆の中に入っていたという事か…?


 ちょっと待て、これはいったい…。


 もしや、のどかな田舎のホテルの朝食バイキングコーナーで、無差別異物混入事件が発生した?

 誰がこんな平凡な街で堂々と異物を混入したと?


 いやしかし、納豆のパックは確かに密封されていた。ペリペリと圧着されたフィルムを剥がしたから間違いはない。とはいえ、細かい穴がフィルムにはあいているから、注射器のようなもので混入すればわからないのではないか。フィルムをしっかりと観察してみるが、注射器が刺さったような痕跡は見られない……。


 もしかしたら、製造会社の内部に愉快犯がいて、混入されたものが出荷されたパターンもある。


 ……ブリーチ剤って、食べても大丈夫なんだろうか。

 こんなモノ食べてしまって大丈夫なんだろうか、もしかして水とか大量にがぶ飲みした方が良いのでは?

 無理やり吐いた方が良いんだろうか、でも漂白剤なんかは吐くことで食道が荒れるから吐き戻しは厳禁だったような気がする。


 食べ終わった小さな納豆カップの匂いを再度改めてじっくりと嗅いでみると、…やっぱり目にツンと来るようなブリーチ剤の匂いがする。


 どうしよう、スタッフに言うべきか…?でも忙しそうに食材を追加していて…声をかけられそうな人がいない。


 どうするべきなんだ、とりあえず家族に相談してみるか。


「……なんか異物混入事件かもしれない、納豆がブリーチ剤臭いんだよ、どうしよう、食欲がない、胃が痛いというか、気持ち悪い気がする。ねえ、もし私がいきなり気を失ったら、救急隊員の人たちに状況説明してくれる?」


 真剣に、深刻に、だが落ち着いて、自分の心境を話してみる。


「はあ?!そんなことあるわけないじゃん!気のせいじゃないの!…別に…クンクン、普通にただのくさい納豆だけど!!」

「お母さんは神経質すぎるんだって、ちょっと痛んでるだけなんじゃない?」

「…大丈夫?」


 やけに塩対応な家族の声を聞き、若干パニクる心を落ち着かせる事に成功した私は、とりあえず、あたりを見渡してみる事にした。…他のお客さんたちの中には、騒いでいる人は一人もいないようだ。


 というか、豊富なメニューがずらりと並んでいるからか、納豆に手を伸ばす人が少ないように見える。被害者は今のところ自分のみ…今声をあげれば、被害者は私だけですむ、尊い命が脅かされるような事になるのはまずかろう、早く対処を、だがしかし不快感がどんどん増してきて……!!うう、なんか、吐きそう……。


「お母さん、ちょっとこれ見て!!なんか納豆って痛み始めるとブリーチの匂いするって書いてあるよ!!」


 せっかく取ってきたおかずに微塵も手もつけず、何度も納豆の匂いを嗅いで確認していたら、娘がスマホで情報を探ってくれた。なんというフットワークの軽い事か…これが若さと言うものなのだな…。旅先で娘の頼もしさを知る。


 なんでも、納豆は古くなるとアンモニア臭がするようになるのだそうだ。腐って食べられなくなる前に、アンモニアの激臭で身の危険を感じる物体に変容し、糸を引かなくなり、食べられなくなるという経過をたどるらしい。


 よくよく『納豆』『ブリーチ』でググってみると、似たような話がわんさか引っかかる…。わりと珍しくない現象のようだ。普段買ったはしからパクパク食べて消費している我が家では、まず遭遇しないであろう事象ではある。



「ま、古い納豆が並んでたって事だね!!そんな臭いもん食べようとするからおいしい朝ご飯が台無しになるんだよ、過ぎ去った過去は忘れて美味いもん食べれば!!」


 納豆嫌いの旦那が憎たらしいことを言い。


「糸は引いてたんでしょ?ひょっとしたらお腹壊すかもだけど何も食べないでお腹壊すよりおいしいもん食べてお腹壊した方がスッキリしない?てゆっか取ってきた分は食べないと失礼じゃん!!」


 三回目のおかわりから帰ってきた娘がもっともらしい事を言い。


「豚汁おいしいよ?」


 シイタケだらけの豚汁を愛おしそうにいただく息子が素直な感想を言い。



 ……そうだな、せっかくのバイキングだし、おいしいものを…食べておかなければ。

 取ってきたものは、全部食べないとダメだ。箸もつけずに廃棄するなどとんでもない話である。



 気を取り直した私は、すっかり冷えてしまったおかずに手を伸ばしましてですね。



「うわ、これウマ!!ねえねえ、お粥が美味すぎる、サケのほぐし身入れてみ?!」

「ヤバイ、ミニトースト焼き直したらサクサクで!!おかわりもらってこよ!!」

「このポテト揚げたてだよ、何もつけなくても香ばしくてホクホク!!」

「地味にコーンスープが美味い、コーンがぷりっぷり、手作りだね、これ!!」

「ねえねえ、スイカ出てきた!!」

「ソフトクリームにアズキ合わせるとウマすぎるんですけど!!」


 バイキングをみっちり堪能し。

 体調を崩すこともなく、高速グルメをあちらこちらでたらふく食べ。

 買ったお土産も早々に車の中でいただき。


 わりかしみっちりと太って、無事に帰宅したという、お話です……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女ゲーのヒロインでもないのに毒を盛られたとしか思えなかった話…(。>д<) たかさば @TAKASABA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ