第31話 家内製手工業

「……嘘だよな?」


 家の中を見るなり俺は自分の目玉と思考を疑った。目の前に広がる信じられない光景が広がる。


 どうやら俺は物を作りながら寝落ちしていたようだ。昔から作業に没頭し過ぎてよく寝落ちをする。ただ、今回の寝落ちはいつもと違う。


「俺……何で、こんなもの作っているんだ?」


 握りしめていた木彫りの像を眺めながら疑問に思う。そして、同じ形の像が俺のベッドを埋め尽くすくらいに綺麗に並んでいるではありませんか。


 その中央で静かに寝息を立てているヒュノさん。端から見れば、志望した権力者が棺に納める直前の様子に酷似していた。


 中央で安らかに祀られている眠り姫を叩き起こす事にした。


「おぃヒュノ起きろ、一大事だ!」

「……むにゃ」


 肩を揺すっては見たが、まだ起きそうにもない。どうやら、この悪魔を目覚めさせる合言葉が違うようだ。


「ヒュノ……朝御飯だぞ?」

「……おかわりっ!!」


 俺の囁き声に過敏に反応したお姫様。元気よくお代わりを要求したが、貴女はこれから1杯目です。そして、その前に説教です。


「起きて早々で悪いが、周りを見てくれ」

「まわり……わぁ! すご~い!」


「何が凄いだよ。眠っているうちにまた俺に暗示をかけて作らせただろ、これ!!」「わ……私、そんな酷いことさせてないよ?! ちょっと夢をみただけだよ~」


「夢って、どんな夢だよ?」

「ライくんが、私の人形いっぱい作ってくれる夢」


「だからそれだよ、それ! 俺の夢に介入してきて『作れ』って命じた事になってるんだって!!」


 ヒュノは他人の夢に潜入することが出きる。そして命じる事で他者を操ることが出きるのだ。操り人形化した俺は、夢遊病のように寝ながら動きだし、ヒュノが命じた内容に従い、せっせとヒュノ人形を健気に作っていたようだ。


 悲しいことに、俺の能力『同品質生産』も発動しており、同じクオリティの最高品質の人形が出来上がっていた。


「この人形の効果は……守備力+1の効果かぁ。……守備力?!」


 そして、俺のもう1つの能力『低用量』も発動してしまっており、付属される効果が極端に低かった。俗にいうガラクタである。


 何より、置物のくせに守備力が上がるって何なんだよ。この人形を抱えながら戦闘しろということなのだろうか。俺の最後の能力『全年齢対象』も発動しており、性別や年齢問わずどなたでも所有していただける置物となっているのが、我ながら実に腹立たしい。


「私の為に徹夜で作ってくれたんだ~嬉しい」


 こらこらこらこら。夢の中で命じて作らせておいて、よくもまぁそんな感動できるよな。


 強制労働させておいた俺に対して尊敬の眼差しで崇めるな。あんたドルミーラ教の崇められる側の人間だろ? 嘘つき呼ばわりされている一般人以下の俺を簡単に崇拝するな。


 結局のところ、数えた結果、木彫りのヒュノ人形は23体目を完成したところで目が覚めたようだ。熟睡したにも関わらず身体が疲労困憊の音をあげているのはその為だろう。


 何処と無く『哀』というか悲しげな表情をしているヒュノ人形。飾れば逆に怖くて寝られなさそうな造形だ。優しく微笑んでいる表情がなんとも怖さを助長させている。


 自分のお手製ながら全く愛着の欠片もわかない自他ともに「あぁ、ガラクタですね」と満場一致の回答が出揃いそうな逸品のできあがり。


 この有り難くない不気味な木彫りの像どうしてくれようか。先日、ヒュノの偽者を騙っていた詐欺師は友人の騎士兵団くんに引き渡しお縄となった。流れの詐欺師だったらしく、他の街でも同じような犯罪を犯しお金を騙しながら行脚をしているようで、騎士兵団側も認知度が低い人物だったようだ。


 他国では重要犯罪人として指名手配し身柄を拘束したがっていたところもあったらしく、タールマイナはすぐに引き渡しに応じたそうだ。


 タールマイナの国営側とすれば他国へ貸しが出来たことで、今後好条件で取引できる約束を交わせる可能性が高まった事に喜んでいた。


 友人からは「名乗り出れば嘘つきライザの汚名を帳消しにできるチャンスだぞ」と言ってはくれたが、そんな取って付けたような偽善行為で上塗りしたところで、根本は変わらない。


 危険団体ドルミーラ教を庇った愚か者で嘘つきな騎士兵団副団長の息子という認識にはかわりない。


 尊敬していた俺の親父のレッテルを正しいモノに変えられないのであれば、俺が表舞台でしゃしゃり出る必要性はない。


 そして、


 俺も、親父から教えてもらった生産職のジョブを、そしてテクニックを1人でも多くの人に認められ、必要とされたい。だからこそ……


「なぁ、ヒュノ。この人形達は薪として使っていいよな?」

「燃やしちゃ駄目だめぇ~!!」


「何故止める。呪いの人形を生みだしてしまった罪への償いとして、せめて燃やして供養してやらねばという責任感だぞ?」

「んぇっと、う~~ん。有害物質とか出ちゃうからだめぇ~」


 ヒュノなりの細やかな抵抗なのだろう。木彫りのみで塗料も使用していない純度100%の木材オンリーのヒュノ人形を燃やしたところで、薪に火をつけているのとかわりない。


 有害物質についての知識は持ち合わせていないが、薪に火をつけたときに発生する成分と変わりないことぐらい俺でもわかる。


 そう。1度火が付けば燃え尽きるまで炎上するだけだ。


『ドルミーラ教は街を滅ぼし兼ねない危険な団体』という噂が流れたあとは、何をしようがその勢いは止まらない。


 街に住む人々全員の耳に入るまでは絶対に。そして、自分達にとって悪なのだと認識してしまえば、覆すことは容易ではない。


 あの英雄視されていた俺の親父でさえ不可能だった……


「『あなた達お手柄よ』と褒めるべき……なのかしら」


 ヒュノの御神体を燃やすべく自主回収している時に背後からツクモの声がした。少々呆れたかのような声とともに難しそうな表情を見せている。


 偽のドルミーラ教徒を捕まえた功績は称賛されるべき内容ではあるが、偽者が製造していたヒュノ人形を、当人が大量生産に加担しているのは問題行動。


「あっ、つくもん~!!」

「貴女が助け、そして手渡しで人形をあげた女性のお父様……どうなったと思う?」


「確か、闘病されていたと聞いていたが?」

「えぇ。酷い不眠症と頭痛で薬を服用しないと録に寝れず、かなり衰弱していた患者だったそうよ」


「まさか……」

「えぇ。あの子がその人形を持って帰った瞬間、お父様は気を喪ったように寝たそうよ」


 やっぱり。ヒュノから手渡した商品にはヒュノの力が宿る。


 ヒュノの手から放たれた眠りの力。そのオーラを纏った人形を飾ったことで、重度の不眠症だった人さえ間接的に眠らせてしまっている。


 夢に介入さえしなければ主従関係は結ばれず、ただ眠っただけで事なきを得る。被害者は眠らされた事実には気づかず、また新しい朝を迎えられている。


「へぇ~~そうなんだ」


 あまり興味を示さず、俺の作ったヒュノ人形にリボンをつけ始めたヒュノ。実際、ヒュノがこんな性格だから平穏という言葉で片付いている。


 もし、ヒュノが他者を意図して眠らせ、操る事を欲すればタールマイナはすぐに滅ぶ。


 以前も同じ結論に達し、ヒュノの力に恐れを感じたが今回も同様であった。今朝の俺のように操り人形化し、人形を作らされれば、ヒュノ人形が大量に生産されてしまう。


 観光地のお土産として売っている木彫りの熊形モンスターの置物のように、どの場所にいってもヒュノ人形が置かれるようになるのでは……と考えると不気味である。


「あんた、凄く他人事のようだけどドルミーラ教への捜査が終息したわけじゃないからね?」


 ツクモの話では、騎士兵団の調査は継続されているとの事。捕まった詐欺師単独の犯行なのかも断定できずに続いているらしい。


「そうだよね……」


 いつになく暗い顔をみせたヒュノ。俺もツクモも少しキツく言い過ぎたのかもしれない。


「あ、あんたが勝手に独りで行動しなければ大丈夫よ」


 慌ててフォローをいれるツクモ。


「……うん。そうだよね、わかった。お人形さんはこっそり売りに行かず、3人で不定期市で売ることにするね~売り上げ折半かぁ……」

「だ、だからさっきから出歩くなって言ってるの!! 売り上げの分け前欲しくて言ってるんじゃないの!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る