犬は王道、牛はキュンです

@wan-1wan

プロローグ

これ何?瞬きをする。今、足元に黒毛和仔牛がいて、こちらをじっと見ている。腰の少し下辺りからの熱い視線。なぜこんなところに牛?顔を上げて目を閉じて。

どこかの牧場から逃げてきたのか。いや近くに牧場なんてない。なら、動物園からか、動物園もないし、そもそも動物園に牛はいないか。近くの住民がまさかの放牧?野良牛?リードに繋がれた仔牛なので飼い牛といえるか。違う、このリードは自分のだ。自分のリードに繋がっていたのは、愛犬であって牛ではなかったはず。だから、自分の飼い牛ということではない。野良か?だいたいうちの愛犬はいずこに行った?なぜ牛と繋がっているのだ。あり得ないだろう。

逡巡する思考、さらに混乱。一回落ち着こう。再度確認するように手元からリードを辿っていく。見間違いなのを期待して。紐の先にはやっぱり牛の鼻そして視線があった。つぶらな瞳で不安気にこっちを見上げている。瞬きの回数が増える。見てはいけないものを見た気分になって、無意識に視線をそらす。不安気と言ったがそれは単なるこっちの思い込み、実際牛が何を考えているのか、皆目理解できない。牛が毎日何を考えているのかなんて今まで想像したこともないし、できるはずもない。そしてまずいことにこれは恐らく幻覚や夢ではない、ましてや他の物体に対する比喩でもなく、正真正銘牛だ、…のようだ。

もう一度意を決して視線を戻す。上下左右隅々まで観察する。体は小振りだし、まだあどけない顔立ちなのでたぶん仔牛だろう。あどけなくない牛を頭に思い浮かべてみるがディテールが全く頭に浮かばない。イラストっぽい風体が限界だ。今まで牛の顔をじっくり観察したことはないというか、したいと思ったことすらない。

うん、確かに牛の仔だ。こちらの思いを察知したのか、何か言いたげに、仔牛がほんのり小首を傾げた。その仕草と潤んだ黒目勝ちな瞳がなんとも牛らしくなく、牛だけど、ちょっとキュンとした。

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