第48話 ぼったくり、リゾートへ

「ロディさん、ロディさん! 見えてきたっス!」


 窓の外を指さして、目を輝かせる恋人——アルに、俺は小さく笑って返す。


「落ち着け。駅は逃げねぇよ」

「それはそうなんスけど、やっぱり新しい駅はワクワクするッス!」


 アルの言うこともわからないでもない。

 俺とて、初めての場所に落ち着かないような期待が沸き上がっているのを自覚している。

 『ラヴァナン駅』を出て約一日と少し。

 魔導列車はラヴァナン共和国西部にある『モルコミスキー駅』に到着しようとしていた。


「この街には何があるんスかねぇ……!」

「ええと、『モルコミスキー』はラヴァナン共和国でも有数のリゾート地らしい」

「リゾートってなんスか?」


 小さく首を傾げるアル。

 そういえば冒険都市アラニス市外から出たことがないんだった、この娘は。

 言葉自体を知らなくとも、不思議ではない。


「ええと、観光地というか行楽地というか……休暇を楽しむための場所、かな」

「じゃあ、この魔導列車もリゾートっすか?」

「む……」


 アルの質問に、思わずうなる。

 これはなかなか深い問いではないだろうか。

 魔導列車に乗って旅をすること自体、休暇と言って差し支えないのだからリゾートといえば、リゾートなのか?


「あれ、なんか困らせちゃったス」

「俺にもよくわからなくなってきた」


 降参がてらに軽く苦笑して見せて、ラヴァナンの首都で買った観光ガイドを鞄から引っ張り出す。

 しどろもどろになりながら説明するよりも、風景画と一緒に説明した方が早い。


「モルコミスキーはでっかい湖に隣接する都市でな、大陸中央部でも有数なアクア・リゾートだ」

「でかい湖っすか?」

「ああ。都市のモルコミスキーってのが、そもそもその湖を指す言葉らしい。なんと、冒険都市アラニスよりもずっと広い湖なんだと」


 観光ガイド見ながら、アルが目を丸くする。


「そりゃ、大きすぎないっスか?」

「でかいよな。で、その水上に作られたのがモルコミスキーって町なんだ」


 モルコミスキーは水上都市でもある。

 その風光明媚な街並みは、コシェフ大統領が絶賛するほどの場所。

 おのずと期待は高まる。


「はぇー……これはまた、素敵な経験ができそうッス」

「ああ、ホテルはもう手配してあるから停車時間の三日間は楽しもうぜ」

「手際いいっスね! さすがロディさんっス!」


 褒められて悪い気はしないが、これはコシェフ大統領の手回しによるものだ。

 なかなか取れない最高級のホテルのロイヤルスイートを、大統領権限で押さえておいたと言われたときは肝が冷えた。

 ただ、それも竜王ハクシャの依頼に関する礼だと言われれば、ありがたく受けざるを得ない。

 商人としては、こういうワケありの『タダ』には気を付けないといけないのだが。


『ご乗車のお客様にお知らせいたします。当列車は間もなくモルコミスキー駅へと到着いたします。モルコミスキー駅での停車時間は76時間です』


 いつも通りのアナウンスが聞こえて、ゆっくりと速度を落としていく魔導列車。


「ここも随分長いんすね?」

「そうだな。俺たちにとっちゃ都合がいいが……理由はわからん」

「ロディさんにも知らないことがあるんスねぇ」

「そりゃあ、あるとも」


 アルの俺の対する信頼はとても厚い。

 さりとて、俺にも知らないことくらいたくさんある。

 この観光地で三日間も停車する必要がどこにあるかなど、東の端から来た俺にとっては想像もつかない。


「わー……なんだか華やかっスねぇ」

「ああ、こう心躍る感じだよな」


 窓から見える『モルコミスキー駅』は真っ白な建物で、たくさんの花やステンドグラスでカラフルに飾り付けがしてあった。

 地上の楽園……などと煽り文句が付いていたが、なるほど。

 楽園を想起させるに十二分な雰囲気がある。


『ただいま、当列車はモルコミスキー駅に到着いたしました。お降りのお客様はお忘れ物などないようにお気を付けください』


 アナウンスとともに停車した魔導列車に、俺たちは立ち上がる。


「さ、それじゃあ行こうぜ」

「はいッス! 楽しみッス!」


 満面の笑顔がまぶしいアルと手をつないで、俺たちは客室を後にした。



 モルコミスキー駅に降り立った俺たちは、まずその空気感に驚いた。

 からりとした暑さと、甘い花の香り。

 そして、どこか浮かれた様子の降車客たち。

 普段のような、『都市に到着した』といった感覚からかけ離れた雰囲気に、少しばかり浮足立つ。


「なんスかね、これ。こう、そわそわするっていうか、ワクワクするっていうか……!」

「ああ、わかる。なんだろうな、いつもと違うって感じがするぞ」


 二人で顔を見合わせて、妙に笑いあってしまう。

 周囲の人間も同じような顔をしていた。


「まずは、どうするっスか?」

「そうだな……ホテルに行って、荷物を預けちまおう。それから、軽く街を歩いてみるか」

「賛成ッス!」


 大きくうなずくアルと一緒に、真っ白なタイルで舗装された駅のホームを歩いていく。

 小高い丘の上に建てられた駅から一歩出ると、眼下に巨大な湖とその水上に浮かぶ『モルコミスキー』の街が見えた。


「わぁ……! すごいっス! こんな景色見たことないッスよ!」

「俺もだ。こりゃあ、すごいな……!」


 二人して、あんぐりと口を開けて少しばかり景色を眺めてから、俺たちはゆっくりとモルコミスキーへの道を歩き始めた。

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