第47話 ぼったくり、振り返る

「本当に良かったんスか?」

「もちろん。今はまだ自由でいたいしな」


 ゆっくりと走り出す魔導列車の窓から、ラヴァナンの街並みを見ながら軽く笑って返す。

 大統領閣下には随分と粘られたが、最後まで俺は「はい」と言わなかった。

 自分を過小評価するつもりはないが、大統領閣下は些か俺を過大評価し過ぎだ。

 だいたい俺に政治家なんて勤まるとは思わないし、ゆくゆくは大統領候補として……なんてデカい妄言は聞き流すに限る。


「もし、ロディさんがここに移住したいってなら、ボクは構わないッスよ?」

「ま、それは往路で考えればいいさ。大陸横断旅行もまだまだ途中だしな」

「それもそうっスねぇ」


 ご機嫌な笑顔でアルが俺の旨に頬ずりしてくる。

 平気そうなふりをしてはいるが、きっと心配させてしまったに違いない。

 まったく、俺ってやつはどうして好いた女を安心させてやれないんだろう。


「それにしたって、ロディさんはすごいッス」

「どうした、急に」

冒険都市アラニスにいた時は、まだまだロディさんの事を知らなかったんだなって思い知ったんスよ」


 ベッドに座ってそう漏らすアルの言葉に、軽く首をかしげる。

 一緒に暮らしていたアル以上に、俺の事を知ってる奴なんていないと思うんだが。

 せいぜい、しばらく一緒だった義妹ミファくらいか?


「〝ぼったくり屋〟ロディ・ヴォッタルクが、超有能な武装商人でプライドを持って仕事するプロなのはもちろん知ってたんスけど……この旅に出てから、びっくりすることばっかりッス」

「そうか? 俺はわりといつも通りって感じだがな」

「それッスよー……つまり、ボクはロディさんの『いつも通りのすごさ』をずーっと知らないでいたってことッスよ? 悔しいというか、悲しいというか。ちょっとしょんぼりしちゃうッス」


 言葉通りしょんぼりした様子のアルに、不思議な気持ちになって少し笑ってしまう。

 この可愛い元弟子の恋人が、そんな事で気を揉んでいるなんて。

 愛らしいったらありゃしない。


「何で笑うんスかー!」

「アルがあんまりも可愛くって」

「もう、そうやって誤魔化す気ッスね?」


 口をとがらせるアルを抱え上げて、膝の上に乗せる。

 沈み込んだベッドがアルを俺に密着させて、半ば抱擁したような状態になった。

 ああ、アルの匂いがする。


「まあ、さらに俺に惚れさせる伸びしろがあったってのは朗報だな」

「これ以上好きになっちゃったら、溶けちゃうッス」


 俺の胸に額をこすりつけながら、アルがおかしくも可愛いことを言う。

 少し尖った耳が先まで真っ赤になっていて、俺まで少し気恥しくなってしまった。


「俺としては、もう少し穏やかに旅をしたいと思ってるんだが」

「駅につくたびに色々とあったッスもんね」


 ぼやく俺に、くすくすと笑うアル。

 イムシティでは『腐れ病』に侵されたご令嬢を治癒して乗車時間ギリギリになって走ったり、ヤージェでは迷宮を潜って罠の解除にも行った。

 王都では義妹ミファに求婚されるなんてわけのわからないことになったし、極めつけは竜王の依頼まで受けることになった。


 それに、懐中時計も。

 アルと俺の時間をすり合わせる、大魔法の産物。

 ずっと二人でいられるようにと願いが込められたそれは、改めてアルの愛の深さを知ることになった。


 ……うん。

 トラブル続きかと思ったが、トラブルばかりではなかった。

 この旅に出なければ、アルの気持ちを知ることも恋人になることもなかったかもしれなかったし。


 そう考えれば、俺の営業権を取り上げたアラニスの『商会ギルド』に少しばかりの感謝を感じないでもない。

 理由はどうあれ、俺の人生の転機になったのは確かだし、その後の人生は随分と楽しく、得難いものになっていると思う。


「どうしちゃったんスか? 黙り込んで」

「ああ、すまん。ちょっといろいろ思い出してた。……アルに一服盛られた事とか」

「あれはトネリコ商会のお爺さんが悪いッス!」


 確かに。

 まあ、俺も不注意だったとは思うが、とはいえ――だ。


「……でも、あれのおかげでアルとうまくいったんだもんな」

「それはそうかも、しれないッスね。ボクらには、勢いが必要だったッス」

「勢いが良すぎて、事故った様にしか思えない……!」

「結果的に上手くいったんスから、言いっこなしッスよ」


 軽く噴き出すように笑ったアルが、俺をじっと見る。


「ボクは、今でも夢みたいだって思ってるんスから」

「それは、まあ……俺も同じかもな」


 運命という言葉は嫌いだが、巡り合わせだったとは思う。

 いま、こうしてアルの事を抱きしめるために――この場所にたどり着くために、俺の人生があったのではないかとすら。

 これまでの人生、いいことだけではなかった。

 だけどこの瞬間に俺は確かに幸せで、満たされている。

 そう考えると、俺の人生はこれでよかったのだと確信してしまうのだ。


「さぁ、思いで話はここらにして、次の都市の事を考えよう」

「そうっスね。振り返るのはサルディン王国についてからでも遅くないッス」


 大陸最西端の王国、サルディン。

 目指すはその端に位置する『開拓都市マルハス』、そしてもう一つの冒険都市『アドバンテ』だ。


 大陸東西の端と端。

 まったく関わりのない二つの冒険都市の違いを見てみたいというのが、俺が最初に描いた旅行計画だった。

 いまや、この旅は俺だけのものではないけれど……きっと、アルと一緒の方が面白いに決まってる。


それから先のことは、またアルと一緒に決めよう。

 俺はもう、一人きりではないのだから。


「いよいよここから西大陸ッスもんね」

「ああ、東大陸の端アラニスに住んでた俺達からすりゃ、完全に未知の世界だな。どんなもんが見れるのか、今から楽しみだ」

「料理が口に合うといいんすけど……」

「なに、美味いもんはどこに行っても美味い。……モンスター・ジビエ以外はな」


 俺の言葉にアルが小さく笑う。


「ロディさんと一緒なら、何でも楽しいッス!」

「そりゃ、俺のセリフだ。アルがいてくれてよかったよ」


 アルの額に口づけして、本心をそっと囁く。

 大事な存在ひとが傍にいてくれるだけで、どこにだって行ける気持ちになる。


「さて、夜食でも食いながら次の都市の観光案内でも調べてみようぜ」

「はいッス! 次はどんなトラブルが起こるんスかねぇー」

「縁起でもないことを言う」


 軽く笑い合いながら、俺達は静かに部屋を出る。

 大陸横断の旅は、まだ続くのだ。


 俺達を乗せて。


~第一部 fin~

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