第5話 卒業式

「まだいたの」

「先生」

「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「私がいなくてもしっかりするのよ」

「むしろ先生がいない方がしっかりするんじゃないかな」

「それもそうね」

「頑張ります」

「ええ」

「……」

「……」

「……帰らないの?」

「……」

「……」

「……先生」

「だめよ」

「第二ボタン、まだあるんだけど」

「モテないのね」

「取り置きしてたんです」

「早く貰われに玄関行ったら?」

「……」

「……」

「……欲しがってくださいよ」

「どうしようかしら」

「じゃあ落としものってことで預かっててください」

「じゃあ指導教員に渡しておくわね」

「やめてよおっさんじゃんあの人。ボタンも悲しんじゃう」

「持ち主に落とし物にされてる時点で泣いてるわよ」

「だってもらってくれないから」

「はいはい、わかったもらってあげるから」

「婿に?」

「もういらない」

「冗談だって」

「くだらないことばっか言わないの」

「俺が嫁にもらうのか」

「生徒指導室の場所はわかる?案内しようか?」

「デートにしては斬新ですね」

「嬉しいでしょ」

「とっても」

「指導教員と二人きりよ」

「とっても、嬉しくない」

「今月中はまだこの学校の生徒だから歓迎してくれるわよ」

「調子に乗りました」

「よろしい」

「……」

「……」

「……受け取ってくれませんか」

「……」

「……」

「……急に落とし物がないか気になってきたわ」

「演劇部の顧問にはならない方がいいよ先生」

「大きなお世話よ」

「ところでこれ、落とし物かもしれないんで、先生に渡します」

「そう、わざわざありがとう」

「指導教員行きですね」

「そうね。でも私忘れっぽいから」

「……」

「……」

「歳……?」

「……」

「痛いです」

「私の心がね」

「ごめんなさい」

「気をつけなさい」

「はい」

「……」

「……」

「……先生」

「だめよ」

「写真撮ってください」

「はいじゃあスマホ貸してそこに立って」

「一緒にだよ」

「恥ずかしいからいや」

「さっき女子と撮ってたじゃん」

「女の子は別」

「差別だ」

「餞別よ」

「俺にもください」

「早く玄関に行きなさいよ」

「なんで」

「最後に同級生の女の子との思い出が作れるじゃない」

「先生とがいい」

「……物好きね」

「今更?」

「撮ってあげない」

「自分で言ったんじゃん」

「女の言葉は裏返しよ」

「じゃあ俺に対してそっけないのは……?」

「え?なんだって?」

「それ俺がやるやつ」

「ほら、撮るならさっさとして」

「笑ってくださいよ」

「難しい注文ね」

「笑顔笑顔」

「早く撮りなさい」

「笑ってないじゃん」

「早く」

「シャッター10秒後です」

「自撮りでするんじゃないの?こういうの」

「内カメラの画質悪いんで」

「そう」

「はい」

「寄りすぎ」

「画角の問題なんで」

「……そう」

「ええ」

「じゃあ仕方ないわね」

「仕方ないんです」

「……」

「……」

「……」

「……もう少し寄ってもいいですか?」

「……画角の問題?」

「……いえ」

「……」

「……」

「……そう」

「……」

「……」

「……」


「……はい終わり」

「ありがとうございます」

「ニヤニヤしないの」

「家宝にします」

「安い家宝ね」

「俺だけ価値がわかればいいから」

「家宝にならないじゃない」

「毎日見ます」

「暇人ね」

「受験も終わったしね」

「いいわね、学生は」

「先生のこと考えてるから忙しいけどね」

「はいはい」

「……」

「……」

「……先生」

「……」

「先生……」

「……この町の桜は遅いわね」

「……先生」

「せっかくの卒業式なのに」

「先生」

「入学式には咲いていてほしいわね」

「先生聞いて」

「……」

「……」

「……だめよ」

「聞いてください」

「だめ」

「聞いて」

「いや」

「先生」

「……先生なのよ」

「知ってる」

「高校生に興味はないの」

「ずっと待った」

「そう」

「三年待った」

「あなたは高校生」

「もう卒業した」

「四月までは、まだ高校生でしょ」

「……先生」

「だから――」


「――だから、もう一か月くらい我慢しなさい」

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