観察幼女偶然電車 観察幼女偶然電車 100% 12

介裕

第1話

「シワとシワを合わせて、しあわせー」


「うるせえ、それはしわ寄せだ」








恐怖だな。俺は心の底から現状に悲観した。


それは、犬嫌いがドッグショーに放り込まれたり、猫嫌いが猫カフェに行ったりするようなものだ。


電車、快速急行。その車内は幼女で溢れていた。


もちろん一般の乗客もたくさんいる。ただ、停車駅の一つで大量の幼女が入ってきたことは、恐怖以外の何者でも無かった。


幼女達は白北沢から、俺の乗っている一号車に流れ込んできた。


比較的空いていた車内が、わずか十秒足らずで幼女の巣窟と化したのだ。


幼女は恐ろしい。それは俺の過去のトラウマが原因で、異常な恐ろしさを感じるだけなのかもしれない。


幼女戦争とも呼ばれたあの伝説の幼女事件は、人々の心と、俺の精神を確実に破壊したのだった。


「「「「「「「「「こんにちは」」」」」」」」」


座席に座る俺の前にいる、九人の幼女があいさつをしてきた。


それと同時に他の座席に座る初老の男性や、ノートパソコンを動かすビジネスマン、立っている大学生風の男など、その車両にいる全ての人間に同じようにあいさつし始めたのだ。


あまりにも異様な光景に、俺は固まる。しかしすぐに、「こんにちは……」と、語気を弱めて返事をした。


ショートヘアー、ロングヘアー、ツインテール、ポニーテール、おかっぱ、ザンギリ、おさげ、逆モヒカンなど、髪型だけでもその多様性が恐ろしかった。


体系も、明らかな幼女から、少女と言える体系を持つ娘。更には、一八〇センチである俺の身長と大差変わらない幼女もいる。それが幼女だと、なぜわかるのか。あまりにも幼い顔と、園児服を着ているからだ。はち切れそうな胸元と、弾力感のありそうな尻に、思わず目が向いてしまう。


「「「「えっち」」」」


妖艶幼女とその周辺にいる三人の幼女が、俺の視線に気づいて蔑みの言葉を送ってきた。失礼な、俺にはロリコンの気はないぞ。


なぜ見たのか、そりゃでかくてエロいからだ。それ以外の要素には吐き気が催すほどだが、見る分にはでかい方がいい。


そうやって見せびらかして、本当は興奮しているんじゃないのか? 淫乱幼女め。ロリコンに媚びてしまえ。


などと言えれば非常に楽なのだが、倫理的にも精神的にも、こいつらと関わり合う気は毛頭ない。


だから俺は、四重のHに対して無言で俯くしか無かった。俺にとっては、百害あって一利なし、もといロリは無しだからな。






冷静に今の状態を考えてみる。


俺はまず、電車に乗っていた。するとそこに幼女が大量に乗ってきた。現在に至る。簡潔すぎて何の解決にもならない。


ここは何の列車? 大田急線。 どの駅で乗ってきた? 白北沢だ。


まとまってきた情報からは、幼女注意報の発令は確認されない。ただでさえ現状は警報に近いのに、避難することは出来ないのだ。


白北沢を出発してから、電車は停車駅に止まらなくなった。この電車は快速急行なので、次の旬百合ケ丘まで十四分もの間、線路に何かしらの異常が起こらなければ止まらないのだ。


だいたいここまでで四分ほどか。体内時間では一時間を超える長さと同等なのだが、不快な状態だと時間は長く感じる。腕時計が示す時間は、今やっと五分を超えた所を指していた。


と、ここで俺はある事実に気がつく。


他の車両に行けばいいじゃないか。簡単なことだ。幼女が嫌なら離れればいい。希望に充ち溢れた心のまま、さっさと立ち上がって、電車内の蔓延る幼女の群れをかき分けて行く。


ここは一号車、つまりは端ってことだ。十両編成の列車なら選り取りみどりの号車と座席が存在している。だが、座ることは目的ではない。ただ幼女と離れたい。そんな純粋な気持ちなんだ。


意気揚々と俺は、二号車へと通じる連結口の扉に、手を伸ばし、開けた瞬間に、絶望した。


扉の向こうでは、幼女がこちらを向いていたからだ。そしてもう一つの絶望を俺は感じる。


開けた扉の向こうには、もちろんだが三号車への扉も見える。ところがその扉は、今開かれていた。誰に? 俺自身にだ。


二号車には、一号車と同じく俺と、一号車の乗客と、幼女が乗っていた。


目にしたものが信じられなくなった瞬間、俺は目眩を感じて、後ずさる。


その際に何人かの幼女を突き飛ばしたりもしたが、俺には関係ない。車内の床に倒れても、幼女はすぐに立ち上がって、無機質な目で俺を見てくる。


自分の身に起こった出来事は何だったのか。それに関して冷静に考えようと試みることだけが、今の俺に出来る精一杯だった。


ふと、自分が座席から離れていることを改めて思い出す。若干の諦めを感じながらも、俺は自分が座っていた座席へと戻り、幼女が座っているのを見て落胆した。


ふうっ、と溜息が漏れ、俺はどうしようかと思案する。このまま幼女に囲まれたまま、電車内で立ち尽くすことしか出来ないのだろうか。残り八分程度で旬百合ケ丘だ。


我慢しようとつり革を掴んだ瞬間、車内にいた、俺以外の幼女ではない人間が騒ぎ出した。


「お、お前がなんで生きているんだ! あ、そんなバカな!」


「こんなところまで追ってくるとはな……神はとことん俺に試練を与えたいようだ……ハハハ……!」


「えーまじぃ? アタシの探しているお宝がこの電車にあるのぉー? それってすてきぃー」


車内にいる幼女以外の人間全てが、何かしらの反応をしている。そのどれもが非日常的であり、まるで奇妙な夢を見ているようだった。いや、幼女が出てくる悪夢なら現在進行形で体験中だが。


俺以外の、幼女ではない乗客は、俺と同じように二号車へと続く連結口に向かう。俺は声をかけようとも思わず、その成り行きを眺めているだけにしていた。そうやって、絶望するがいい。


だが俺の思惑とは違い、残りの乗客たちは全て連結口に吸い込まれ、一号車からいなくなる。幼女以外にこの車両に乗っているのは、俺だけとなった。


一瞬、あっけに取られたが、俺は考えるよりも行動に移すことを最優先とする。他の乗客と同じく俺もこの車両から出る。おさらばってことだ。


「ざまあみろ! 俺は自由だ!」


叫びながら二号車へ突入。入るときの描写は、先ほどと同じだった。しかしそれは悪い夢だと確信した。俺は幼女のいない世界へと旅立てるのだと。


その確信はただの願望だったわけで、扉を抜けた先には、先程と同じく幼女に埋め尽くされた一号車が存在している。


振り返ると、開けられていた扉は存在せず、ただ運転手が電車を動かしている姿が目に映るだけだった。


不思議な体験と、割り切るには脳内は正常に事実を処理することは出来ない。


結局、人間ってのは自分の見たものですら信じられない、いや信じたくないのだそれが事実であれば、なおさら。


本格的にどうしたものかと、先程俺がなぜか出てきた、運転席に隣接する壁に背を預ける。もうどうにでもしてくれ、といったところだ。


腕時計を見ると、残り六分。この区間の半分を過ぎたところだった。


「そんなところにつっ立ってないでさ」


大人びた声が俺を呼ぶ。声自体は幼いが喋り方、特にその、人を蔑んでいると言わんばかりの、高圧的な声色が耳に入る。


「こっち来てよ。せっかく面白いことになっているんだから」


拒否することも出来たはずなのだが、俺は向かうしかなかった。幼女が存在しているという空間を、認識したくなかったからかもしれない。


一歩一歩、電車の床を踏みしめて、その声のもとへと向かう。


不思議なことに、幼女とは接触をしない。あれだけ大量に乗り込み、何度も俺とぶつかっていた幼女達がだ。


不可解な光景が目の前へと広がる。幼女で道が出来ているのだ。一号車にいる幼女が、二列になり、俺に道を提示する。


吐き気を催しながらも、その状態からの脱却は不可能だった。


一歩進む度に、後ろから幼女が後ろを狭める。大量の幼女による、俺ひとりを捕まえる猟のようだ。


そして、たどり着いた先には、俺が座っていた席があった。


座っていたのは、足を組んだ、黒髪ロングの幼女。


「はじめまして。変態になるお兄さん」


失礼極まりない口調で、俺をカテゴライズする。


俺は精一杯の皮肉を込めて、こう呼んでやった。


「はじめまして。変態助長お嬢さん」


それが変態助長お嬢さんとの、最初の出会いだった。






「座ったら? そうやって立っているのも辛いでしょ」


「お前が立てば俺が座れるからな。さっさと若者は年長者に席を譲るんだな」


「譲る? なぜ譲らなければいけないの?」


「自分勝手は媚が売れないぞ。その年齢から、社会は年功序列で動いているということを覚えるべきだ」


「質問に答えずに持論を語るのはやめてくれる?」


「学習意欲のない子供に諭すことは未経験なんでね。まあ、年上は敬えってことだ」


「そう、じゃあ私の方が精神年齢が上だから敬いなさい。ほら、少女の蒸れた足よ。靴下の上から舐めたら許してあげる」


「残念ながら、性的興奮を覚える行動じゃない。さっさとその、履き辛そうなブーツを足に付けて、そのまま次の駅で降りちまえよ」


「あなたも降りるのよ」


「はぁ?」


幼女との、慈しみに満ちた交流を経て、俺は改めて幼女という存在が嫌いになった。


こいつらが将来、俺が好む女性へ変貌することを考えると、なんとも切ない。時の流れに身を任して、どこか俺の見えないところで成長してくれ。


とんとん、と俺の腕を誰かが叩いてくる。弱々しい力から、まあ幼女だと断定したが、その発想は間違っていなかったらしい。


金色のツインテールを持つ幼女が、座席を立って俺に座るように促してきた。ありがとうと一言、感謝は幼女に対しても口にするべきだな。謝罪は必要ないだろうが。


座ったのは、先程の黒髪ロングの幼女の隣だった。そいつは俺の体に、自分の体をすり寄せてくる。密着しているのだから当たり前なのだが。


「あと四分。まあ聞いていきなさい」


必要ないとは思うが、俺は何を考えて隣りに座ったのだろうかね。面白そうだから? それだけは絶対に違うな。


「あなたの置かれている状況ってのは、まあ言ってしまえば異常よね」


「だろうな」と、俺は簡単に答える。


幼女はその反応が気に食わなかったのか、俺の脇腹をパンチしてくる。痛くはないが、目的は反抗していると俺に伝えるためだろう。俺の心は微動だにしない。


「ったく、あんたは選ばれた人間なんだから、さっさとしないと愚図認定するわよ」


「そりゃどうも」と、返答すると、今度は頬をペチンと叩いてきた。これを喜ぶ奴もいるんだろうが、相手にするまでもない。


「興味ないみたいね」「まあ、子供の想像力は豊かだしな」「現実的でないのは私も十分承知なの」「じゃあ信じなくてもいいよな、ハイさよなら」「ちなみに拒否権は無くなるから」「あぁ?」


黒髪幼女は、着ている服のポケットからストップウォッチを取り出し、俺に見せてくる。


その行動の意図を考えようとした瞬間、俺の目に映る液晶に表示された文字列が零となり、高音で鳴り響きだした。


「ざーんねんっ。私とあなたは、今から運命共同体になりました。これからがんばりましょうね、ア・ナ・タ」


黒髪幼女は腕を俺に絡めながら、甘えた声を出してくる。


付き合ってられるか。幼女も嫌いだが電波な女にも興味はない。幼女電波なら尚更だ。


俺はその場から離れようとするが、絡まれた腕がものすごく強い力で固められる。


肉に食い込み、骨に響くその圧力に、屈辱的だが従うしか無かった。


「ちっ……」


思わず出た舌打ちが、幼女の耳へと届く。


「せっかく可愛い女の子になってあげたのに、燃え萌えしないの? いやされても、そんなロリコンとは組めないけれど」


どっちなんだか、と思っても口にはしない。俺は利益を追求するのが仕事だからな。ボランティアはしない主義なんだ。


「報酬は、あなたの好みの女性が同居する、それと一生を遊んで暮らせるお金でいいかしら?」


「いいだろう、言ってみろ」


俺の返答に、黒髪幼女は呆れ顔になった。何もおかしいところはないだろうに。だから幼女は嫌いなんだ。




「この列車では、今あらゆることが起こっているのよ」


黒髪の説明はその言葉から始まった。黒髪幼女と言うのも面倒だし、教えられた名前を口にするのは嫌だったから、黒髪と勝手に呼ぶことにした。


黒髪いわく、俺のいる一号車と、最後尾の十号車を除く、残りの号車では、それぞれ別の出来事が起こっているそうだ。


車内でアクション映画さながらの戦闘を繰り広げているところや、超次元的な頭脳戦を行う場所もある、らしい。


さらには快速急行殺人事件、血のつながっていない男と幼女の逃避行など、多くのドラマが存在している、らしい。


らしいと言うのは、俺が自分の目でそれを見ていないから。更にいえば、見たものから俺が納得を得ていないからだ。


「あなたにしてもらいたいのは、それを見ることだけよ」


黒髪は簡単に言うが、正直俺はよくわかっていない。


出来事を見るだけの簡単なお仕事よ、と黒髪は言葉を重ねてくる。そんな馬鹿なことで、一生を安定することができるとはな。まあ間違いなく詐欺だろうが。


もしも契約を破るって言うのなら、まあお仕置きだな。態度次第では命を終わらせることも選ぶかもしれない。それだけ、黒髪との契約を、俺は楽しみにしているのだ。


「質問があるんだが」


黒髪は無言でこちらを見ている。言えってことか。


「俺は何もしなくてもいいのか?」


「ええ」と黒髪。だがその後が続いた。


「正確には、何もしないで。あなたは傍観者、観察者、見学者でいるべきね。それが条件よ」


おーけい、それが条件か。簡単なことを提示して、後々制約を加えていく。汚い大人のやり方を幼女も使う。つまりは、幼女が一番汚いってことだ。


「りょうかーい」


マヌケに答えて、俺は黒髪と共に、俺は因縁の二号車への連結口に向かった。


なんで、俺は通れなかったのか。おそらくはこの黒髪が何かをしていたのだろう。追求する気もないが。


何の問題も無く、黒髪と俺は扉をくぐり、難なく二号車へと入ることが出来た。




「れでぃいいいいいいすあんどじぇんとるめえええええええん」


二号車に入った瞬間、耳から体の中を駆け巡る轟音が聞こえてきた。


それがきっかけとなり、座席に座っていた人々が声をあげる。


耳に入るのは「コロセー」「ツブセー」「ブットバセー」と、攻撃的なものばかりだ。


「オーケイミスター&ベイビー! ユーたちはバトる? それともオーデエンスる?」


なるほど、この車両はこうなっているのか。


俺たちに問いかけてきたのは、眼帯をしたツンツン頭の執事服だった。


車内を見ると、中央に台座が置かれていた。その上に、二人の幼女が乗って、殴り合いをしている。


「地獄に落ちなさいよ! あんたは私の男を取った罪でこの世から消えるべきよ!」


「あんたこそ、私を相手にしたことを後悔しなさい! してもしなくても、ここで始末してあげるわ!」


罵詈雑言を口にしながら、二人の幼女が戦い続ける。それを座席に座った老若男女が盛り立てる。ぶっ潰したくなるような光景だった。


隣にいる黒髪の顔をそっと横目で眺めると、不快感を顕にした表情でその二人の戦いを見ている。


「醜いわ。そして嫌悪するわ」


その言葉にはわずかに怒気が含まれている気がしないでもない。もちろん俺はフォローなどしないが。


「どうするんだ? っていうかこの状況もよく分からないんだが」


俺がそう伝えると、黒髪は舌打ちをしてこちらを睨んできた。


「役たたず。少しは自分で考えなさい」


これだから幼女は癇癪を起こす。自分の見た光景が気にくわないからといって、そのストレスを俺に向けないでもらいたい。


「へいへい」と俺は適当に答えて、さてどうしたものかと考えた。


台座の上の攻防は激しさを増している。周辺の様子を伺ってみると、なにやら豪華な座席に腰掛けた一人の男性の姿を見かけた。


いや男性というか、あれは高校生だな。黒い学生服を身にまとい、片手で携帯電話をいじっている。


他の乗客は野太い声や黄色い声援を中央の幼女達に送っているのに、そいつだけは無関心なのが気になった。


俺はチケットを持って咆哮している手頃な乗客に話しかけ、この状況についての説明を聞いた。


「こりゃあれだよ、ほら競幼女ってやつさぁ。幼女同士で戦いを行わせて、勝者を決めるんだぁ。観戦者は勝ち負けを賭けるぅ。シンプルなルールだろぉ? これがなかなか流行っているんだぜぇ。戦わせる幼女は誰でもいいんだが、今回は盛り上がっているみたいだなぁ。なんと一人の男を巡って二人の幼女が争っているんだぁ。このドラマチックな戦いに、俺たち観客も沸き立っているんだぜぇ」


喋り方が気にくわないのと、内容に腹が立ったので一発殴るのを礼とした。吹き飛ぶ乗客を見ても、他の乗客は眼前の戦いに熱中しているために反応がない。


殴り飛ばした男は気を失ったようで、俺を蔑む視線は一つしかない。


「何勝手に殴っているの? それは契約違反の行動よ」


黒髪がそんなことを言ったが、俺は無視をする。


後ろで黒髪が何かを叫んでいるが、おそらく俺に対しての罵詈雑言だろう。この観客の盛り上がりのせいで何も聞こえないが。


「ノオオオオオオオオオオオ! まさかの延長戦突入ううううううううう! これは神の与えた彼女たちの彼への愛の試練かああああああああ!」


おそらく司会者だろう。執事服のツンツン頭が、カンカンカンと金属を叩いて叫んでいる。


「十分の休憩の後! 多くポイントを取った幼女を勝者とする!」


それだけ言って、司会者らしき男は床に倒れ伏した。誰も心配していないので、俺も相手にはしない。


リングサイドならぬトレインサイドに、幼女が対となって座り込む。


周囲を囲むのは、格闘技の際に見られるセコンドや、医療的行為を行う人間だろうか。テレビで見かけた光景だが、その中心にいるのが幼女であることが、どこか異常な空間であることを認識させられる。


俺は戦う幼女達に話を聞くことにした。幼女に興味があったのではない。なぜ戦っているのか、にだ。


赤みがかったショートヘアーの目立つ、ボーイッシュな少女は答えた。


「あんたには両親がいる? あたしにはいないのよ。いや、いたけどいなくなった。交通事故だったらしいけど、あたしは覚えていないの。両親の顔はもちろん、どんな事故かとか、事故を起こしたのは誰か。だから物心ついたときに見た両親の写真は、他人にしか思えなかった。そんな境遇を、憐れむ人はいたけど救う人はいなかったの。親戚をたらい回しにされて、とうとう施設に入ったんだけどもちろんそこでも厄介者。そんなあたしに手を差し伸べてくれたのが、あの男。相手をするなら年下がよかったんだけど、そうも言ってられないわ。施設を飛び出した先で偶然出会ったことがきっかけなのよね。そう、だから」


「あの未発達雌豚は邪魔なの。アタシの綺麗な茶髪、どう? 興奮しない? しなさいよ? 欲情したら始末するけど。……まあ、あの人以外アタシの魅力に気がつく人間は皆無よね。もちろん、いい意味で。で、何かしら? ああ、あの人と出会ったきっかけ? なんてことないわ。アタシの家は成金の大金持ちだった。消費することしか楽しみのない父親と、自分を着飾ることでしか満足できない母親に育てられたの。そのまま馬鹿な令嬢として人生を全うしても、それはそれで楽しかったのかもしれないわ。でもね、アタシ誘拐されちゃったの。そして自己の保身を考えた両親は、あっさりと見アタシを見捨てた。不幸だなんて思わないでね。なんとなくそうなるんじゃないかと、アタシは思っていたの。そうしたら誘拐犯は逆上しちゃってね。今にもアタシにナイフを突き刺そうとして、その場を偶然通りかかったあの人に倒されたの」


俺の感想は、どちらも馬鹿げている、だった。


二人の境遇は、ここでは関係ない。だが、偶然にしちゃあ出来すぎじゃないかね。


偶然施設を飛び出した先にいたり、偶然通りかかった場所で誘拐犯を倒したり。そんなことあるわけないだろうが。最初から知っていない限りは。


これが全て妄想だっていうのなら、それはつまらない話。本当にそんな事実があったとしたら、男子学生服、お前は何者なんだろうな。


二人の幼女の話を、俺と一緒に聞いていた黒髪が小突いてきた。


「余計なことはしないの、ウォッチマン」


俺に触れるな、汚らわしい。だが返答はしてやろう。


「善処するよ、リトルガール」


もちろん善処は善処。破ったら問題あるけど関係ない。




「お前、何がしたいんだ?」


俺は玉座ならぬ、玉座席に座る男子学生服にたずねた。


学生服は携帯を弄る手を止め、俺の目を濁った三白眼で見つめてくる。


生気が無い。最初はそう思っていた。


「暇つぶしっすよ。面白いでしょ、俺で争う二人の幼女って状況。それにまったく興味のない、自分。羨ましくても変わってあげないっす」


見た目に合う、年相応の低めの声だった。だが語気は弱い。若者らしい、エネルギッシュな喋り方ではなかった。今の若者がエネルギーに満ち溢れているかは別の問題だが。


「気に食わねえな。お前、色々といいひとやっているみたいだが、俺にはまともな人間には見えないぞ?」


「そりゃ、伊達に進路希望は救世主にしていませんから」


こいつも電波か。関わり合いたくない、が、苛立つ人間だ。


俺の表情から自らに対する嫌悪を感じ取ったのか、聞いてもいないこと学生服はしゃべり始めた。


「自分、偶然女の子と出会うことが多いんです。で、その娘らとなかなか別れたり離れたりしないんですよね。それはあそこにいる二人も同じなんですけど、それ以外にも生まれた時から女の子と出会いまくってるんすよ。幼少期は人がいっぱいで楽しい、小学生の頃は恥ずかしく、中学生の頃は嫌っていました。まあ高校になったら、余裕を持って全員の相手をすることが出来るようになったんで、それなりに楽しんでます。今は……百を超えてから数えてないんでわかんないですけど、幼い子はあの二人が始めてっす」


なんとも羨ましい生い立ちを、俺に自信満々で教えてくる。その口調は小慣れていた。何度も同じ話をいろんな人間にしてきたのだろう。


その不快な話が終わったと同時に、穏やかだった観客たちが歓声を上げ始めた。戦いの再開のようだ。


俺はこいつに、もう一つ聞きたいことがあった。


「お前、人生楽しいか?」


「つまらないから、こんな状況を楽しんでいるんだよ」


期待通りだった。




黒髪襲来。俺が玉座席からこいつのところに戻ったら、直後に殴りやがった。もちろん激痛は走らないが。


「馬鹿じゃないの? いや馬鹿ね。馬鹿が、馬鹿に、馬鹿にされて、馬鹿見てるじゃない」


どこをどう見たら馬鹿に見えたのか。これだけ知的な顔立ちと行動だったのにな。これだから幼女は馬鹿にするんだ。


憤慨する黒髪の相手をするのも億劫なのだが、こいつは落胆の声を上げこんな事を言い出した。


「ここに用はないわね。というか、もう時間切れよ。あんたが見るだけじゃないから、他の車両を回れなかったじゃない」


どういうことだ、と反応してやろうとしたら、車内アナウンスが流れてきた。


『まもなく、旬百合ケ丘。旬百合ヶ丘です。お降りの際は、足元にお気をつけ、黄色い線の内側をお歩きください。次は、街田に止まります——』


ずいぶんと長いこと走っていた気もするが、どうやら俺が降りる駅にたどり着いたようだ。


さて、ここから各駅停車に乗り換えて、二駅で自宅の最寄り駅だ。


乗客たちは残念そうに声をあげている。目的地に着くまでに決着がつかない場合は、ノーゲームのようだ。払い戻しの金を司会者らしき男から受け取り、ほとんどの乗客が何事もなかったかのように乗客に戻る。


ほとんど、つまり全てではない。先程言った司会者と、学生服の男子。そして二人の幼女。


異常だった二号車内で、すでに異質とかしているのはこいつらだけだった。


傷だらけの幼女達と、それを無表情で見る学生服。そして、十分間の休憩の時と同じように、司会者は事切れていた。


「世界って、つまんないですよね」


学生服がぼそっと言葉にした。それは俺も同意するな。返答はしないが。


無反応な俺に構わず、学生服は一方的にしゃべり始める。


「何をやってもつまんない。生きるのも死ぬのもつまらない。女の子と話してもつまらない。少女を戦わせてもつまんない。そんな世の中必要ですかね。自分は……いらないと思うんですよ」


ほほう、そうか。漫画の主人公みたいな事を言いなさる。で、具体的にどうするんだ? と心の中で問いかけた。


俺の目を見ただけでその意図を組んだのか、学生服は一瞬だけ目に生気を取り戻し、こう言った。


「壊します。つまらない世界を壊して、自分が楽しめる世界を作ります」


プシュゥゥゥゥゥゥ、電車が停車駅に着き、扉が開け放たれた。


「まあ勝手に頑張れ。じゃあな」、と言って、俺は黒髪とも学生服とも、残った幼女達とも別れる。






駅から十分。途中に数件のコンビニと畑が並んでいるような環境に、俺の家は存在する。


安アパートだが値段に見合った快適な暮らしを提供された自宅へと俺は戻ってきた。


今日の出来事は不思議の一言で片付けてはいけない、だが片付けたい事だった。


白昼夢でも見ていたのかと自分に問いかければ、それはそれで納得がいってしまう。


酒の席の話としては、まあ三流だな。


そんなことを考えながら玄関の鍵を開け、扉を開いた先に黒髪が座っていたのは予想外だったんだが。


「おかえりなさい、ア・ナ・タ」


即刻退出の意思を示すために、座っている黒髪の脇腹を持って無理矢理立たせた。おい喘ぐな、顔を紅潮させるな、息を荒げるな。


「……ッ! ハァッ……強引ね……! 食事か風呂を選択させる」


面倒な反応をしてきたが、俺にはその気はない。ついでに罪悪感も無い。黒髪幼女を掴んだまま、俺は玄関へと逆戻りした。もちろん、こいつを外に放り出すためだ。


ジタバタも暴れない黒髪の様子が一瞬気になったが、考えるより行動を先におこなうことにした。


「おい、扉開けろ」


「私を掴んでいて両手がふさがっているからって、私に扉を開けさせるなんてやっぱり馬鹿ね」


「うるせえ」


「まあいいわ。あなたは逃れられないのよ」


黒髪はいらない指摘をしてきたが、素直に扉を開ける。


開けたと同時にほうらっ! と勢いをつけて黒髪を投げようと、力いっぱい振りかぶる。


「……………………………………」


絶句した。玄関を出た先が断崖絶壁となっていたからだ。


下を覗き込むと、暗黒が広がるほど深いことがわかる。


「投げる?」と黒髪。本当に投げたいが、現状を知らないままこいつを始末するのは危険だ。


俺は扉から離れ、勝手に閉まる玄関口の隙間を、最後まで覗いていた。




「最初に言った通り、あなたは選ばれたのよ。私ではなくこの状況に。理不尽でも横暴でも結構だけど、あなたは放棄することは出来ない。なぜなら」


「俺が望んだ状況だろ? さっきから何回も聞いた。そんでめんどくせえ」


「あなたの代わりはいっぱいいるのよ、なんて言葉が来るとでも思った? それは考えが足りないわね。あなたしかいないから、こうやってわざわざ会いに来てあげたのに」


「信じられるわけねえだろうが。お前の話なんて、電車内で聞いていた時から冗談とも思わなかったぜ」


「あなたの受け取り方なんてどうでもいいわ。ただ決まっているのは、これが事実ということだけよ」


「真実じゃないのかよ」


「真実なんて人の考えで変わるわ」


「そうかい」


俺の意見は通じない。この現状を打破するには、それ相応の覚悟と能力が必要だっていうんだ。俺にそんな能力はない。だから俺はこいつの契約に従うしかない。馬鹿な話だ。


「あらためてよろしく。世界を観察していきましょう」


お断りだ。そう答えたい。だがこのままでは買い物にもいけずに餓死してしまう。


「……………………………………………………ああ」


溜めが長いわ、もう一度と黒髪に指摘された。二度と言ってやるか。




「どれから見に行くの?」


黒髪の羅列した、この世界にあるという多くの事件。


『誘拐した幼女と共に、幼女の両親が殺された謎を追う女子高生』


『女装名人の幼女ファッションコンテスト』


『百人のロリコンと百人の幼女のペアによる、バトルロワイヤル』


『人形使いの幼女と、幼女使いの男のハネムーン』


など、多岐に渡っている。それが表示されたスマートフォンを使いこなす、この黒髪幼女も相当だがな。


「これとか、気になるんじゃない?」


黒髪が示してきたのは、写真付きの記事だった。


『幼子を含む多くの女性を従えた男子高校生が国家転覆を計画』


見知った顔は、荒んでいて、だけど血走っていて、俺が見た時よりもずっと楽しそうな表情をしていた。


「さっき会ったばっかりなのに、って思わないのね」


黒髪の表情は俺を挑発してくる。


「さっき決起したんだろう? こいつらは行動が早いってだけだ」


「そう」と声を返した黒髪幼女は、その記事に表示された確定という文字を俺に見せてきた。


「この成り行き、見守る?」


「ああ、知らぬ仲でもないしな。だが俺は何もできないぞ」


「何もしなくていいって、最初に言ったでしょ? 私たちはあくまで観察者。世界や事件を多く見ることが出来る代わりに、そのどれにも介入してはいけないの」


「何で俺なんだ? それとお前は一体なんなんだ?」


「ただの幼女よ、買いかぶらないで。それに、あなたが選ばれた理由ってのは、私にもわからないわ。選んだのは神さまみたいだし」


「神を信じているのか」


「狂信的にならない限りはステキだと思うわよ。あ、あとここに住むからよろしく。大家さんにも挨拶に行かないとね」


「提案じゃなくて決定なのは否定すべきポイントか?」


「肯定事項しか存在しないわよ」


「それも、決められた運命ってやつか?」


「宿命かもしれないわね。前世からこんにちは、ア・ナ・タ」


俺の奇妙な人生はここから始まる。始まりと終わりが存在する物語、そしてその全てが描写される物語。それが普通の物語かもしれない。


だが物語というものは、主観と客観で大きな違いが存在している。人の心が定まっていないように、物語も一つの出来事を多くの視点が覗いている。


その一つはここから始まり、また別の物語も他方から始まっている。それが物語であり、この世の中で起こっていることだ。


俺がこの先、この黒髪と見る視点。それは一つであるが、一つの事実として存在している。


あの男子高校生は、何を思ってこの世界を壊そうとしているのか。家庭環境でも関係するのか。いやそんなことは、俺にはどうでもいい。


俺がやるべき事は、ただあいつの成り行きを見るだけ。国家転覆の罪であいつが裁かれようとも、世界が壊れようとも、俺に何が出来るわけでもない。


だったら、契約どおりに、俺は生きているかぎり好きにさせてもらう。金の契約もあるしな。


黒髪を連れ添って玄関の扉を開けると、いつもどおりのアパートの通路が目に入った。断崖絶壁も暗黒も存在していない。


「行きましょう、ア・ナ・トゥア!」


黒髪の面倒な言い回しに対して、手刀で応じる。


ギャーギャー叫びだした幼女は放っておいて、俺は鍵を閉める。


黒髪が反撃とばかりに、俺の頬をつねり出した


「シワとシワを合わせて、しあわせー」


うるせえ。


「それはしわ寄せだ」


だから幼女は、めんどうなんだ。


俺はまだ見ぬ、触れえぬ存在との邂逅を心待ちにしている自分に、少しだけため息を付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

観察幼女偶然電車 観察幼女偶然電車 100% 12 介裕 @nebusyoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る