転生最強勇者は幽霊が怖い

@soyaryuto

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 勇者よしはるは恐怖していた。


 彼の故郷である日本で友人との外出中にトラックにひかれてこの世界に転生してから一年。

 神から授かったどんな魔物も一撃で切り伏せる攻撃力、どんな魔物の攻撃にもびくともしない防御力。彼は仲間も連れずたった一人、たったひと月で魔王を倒し英雄として王国に迎えられ、見目麗しい姫を妻として幸せな暮らしを送っていた。

 恐れるものなど何もなかった、今朝までは。


 早朝、よしはるは騒がしい声で目を覚ました。

 なにごとかと思っていると、彼らの寝室の扉をノックする音がした。どうやら近衛兵のようだ。


 「どうしたのだ、朝っぱらから」

 よしはるが声をかけると、近衛兵は緊迫した声で答えた。


 「城門の夜間警備をしていた衛兵二人が何者かに殺されまして、それで、その」

 言いづらそうにしている近衛兵に落ち着いて話すようによしはるは言った。


 「城壁に血文字で『今夜、勇者よしはるを殺す』と書かれておりまして」

 絞り出すような声で近衛兵は言った。


 よしはるは一瞬驚いたが、この世界に自分を殺せるものなどいるものかとすぐに落ち着きを取り戻した。


 「そうか、すぐ私も現場に行こう」

 そう答えると、ようやくベッドから起き上がってきた妻に目を向けた。彼女はまだ眠そうにしていたが、よしはるの顔を見るなり目を見開いた。


 「あなた、そのお顔は……」

 妻の怯えた声を聞いて、鏡を見てみると彼の頬には一筋の切り傷があった。

 そんなバカな、魔王の一撃でさえ自分に傷ひとつ付けることはできなかったのに。彼は不安を隠すように妻に笑顔を向け、心配ないよと声をかけると逃げ出すように部屋を後にした。


 城門に着くと、多くの兵士たちがあわただしく動き回っていた。殺された兵士たちの遺体はすでに運び出されたようだが、地面に残る大量の血が惨劇を物語っていた。そして壁には先ほど聞いたとおりの血文字。よしはるは俯いて震えている現場に居合わせたという兵士に話を聞いてみることにした。


 「いったい何があったのだ、犯人は?」


 恐怖におびえる兵士は少し間をおいて答えた。


 「よしはる様、わからないのです。交代のために私がここに来ると突然、二人が苦しみだしました。そして誰もいないのに彼らの両手両足が引きちぎられるように……そして気付いたときには壁に血文字があったのです」

 兵士は今にも泣きだしそうだった。


 これではまるで幽霊ではないか、とよしはるは思った。

 この世界には幽霊という概念はない。死んだものの魂は目に見える形で体を離れ、新たな生命のところに飛んでいき生まれ変わるからだ。多くの魔物を倒してきたよしはるには見慣れたものだ。

 姿を消せる魔物がいるのかと考えたが、それも違うとよしはるは思った。よしはるの能力のひとつである魔力探知で半径500メートル程度に殺意を持つ魔物がいれば必ず気付く。城門から自室まではそんなに離れていない。

 なにか自分の理解を超えた得体の知れないものがいる、心配そうに彼を見る兵士たちに見られないようによしはるは頬の傷に手を当てた。


 騒ぎの後処理に忙しい一日を終えた夜、よしはるは一人で自室にいた。念のためということで、妻には別の部屋で今夜は過ごしてもらうことにしていた。部屋の前を含め、各所に衛兵が待機しているものの不安はまったく消えなかった。

 この傷も同じものの仕業なのだろうか、自分に傷を付けられる存在など考えられない、それも城の誰にも気づかれず部屋まで来て、寝ている自分に警告のように傷だけつけるなんて。


 よしはるは恐怖で震えだした。元の世界にいたときは普通のサラリーマンだった。怖いものも人並みにたくさんあった。事故で命を失ったがこの世界に来てせっかくなんの不安もなく過ごせていたのに。心臓の音がうるさい、胃のあたりが気持ち悪い。昨夜襲撃者が自分を殺さなかったのはこうして恐怖を与えて苦しめるためなのだろうか。どうして、どうして自分がこんな目に。皆に尊敬され恨まれる心当たりなんてないのに。いったい誰が。涙がにじんできた。


 コンコン、と扉をノックする音によしはるは心臓が口から飛び出しそうになった。

大きく深呼吸をしてから、平静を装って声をかける。


 「どうかしたのか?」

 なにかあったのだろうか、部屋の前にいるであろう兵士に尋ねたつもりだったが、返事がない。


 嫌な予感がした。しかし扉に近づく勇気はない。もう一度、どうかしたのかと先ほどより大きな声で言ってみたがやはり反応はない。

 来たか、とよしはるは椅子から立ち上がり、壁に掛けてあった自らの剣を手に取る。よしはるに切れぬものはない。だが、剣の通じぬ超常の存在だったら?魔王をも切り伏せた愛剣が小さく頼りなく見えた。


 扉に向かって剣を構える。しかし何の物音もしないし扉が開く様子もない。それでも彼は扉をにらみ続けた。

 五分ほどたっただろうか、よしはるは怯えながらも状況が気になり扉に近づいてみることにした。

 一歩、また一歩。構えを解かずに扉ににじり寄る。扉までもう少しというそのとき。


 ふわっと風が彼の顔を撫でた。

 驚きながらよしはるが窓の方に振り返ると、しっかり施錠したはずの窓が開いていた。彼は言葉にならない悲鳴をあげる。

 慌てて窓に駆け寄り閉める。しかし閉じた窓にいつの間にか書かれていた血文字を見つけて彼はまた悲鳴をあげた。


 『しっかり苦しんだか?』


 よしはるは見えない何かを切ろうと剣をがむしゃらに振り回す。しかしなんの手ごたえもなかった。

 突然彼の四肢に痛みが走る。抗えないほどの強い力で引っ張られているようだ。よしはるは門番の最期を思い出し恐怖のあまり叫んだ。


 「誰だ、どうしてオレを!やめてくれ、助けてくれ!」

 見えない敵に命乞いをするも、手足を引っ張る力はどんどん強くなる。肘や膝のあたりが裂け、血が噴き出す。


 「助けて、助けて、助けて!」

 涙声でよしはるは叫び続けるも、ついに彼の四肢はちぎれてしまった。

 激痛の中、自らの血だまりに倒れこむよしはる。そんな彼をあざ笑うような声がどこからともなく聞こえた。


 「自分だけ勇者なんていいものに転生して、ずるいぜよしはる」

 聞き覚えのある声が誰のものであるか考える間もなく、よしはるの意識は途切れた。

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