食は幸せ 幸せな食
介裕
第1話
飯。
食料。
食べ物。
食べたい。
摂取したい。
食いたくない。
そんなわけない。
お腹が空いたんだ。
だから何か食べたい。
それは普通のことだよ。
でも何を食べたいのかな。
答えはすぐには出ないけど。
どの店に入れば満足するのか。
そんなのグルメ雑誌を見ていろ。
直感で何が食いたいかを判断する。
実際に食するまで役に立たない勘だ。
私は市街地の歩道を入念に歩いていく。
車線を跨いだ向こう側に多くの店が建つ。
どこも魅力的な看板で客を呼び寄せていた。
その自己主張を私は遠巻きに見て通り過ぎる。
これといった食べ物を見つけられずにただ歩く。
私は何を食べればいいのか知っているなら教えろ。
誰に言うわけでもなく頭の中で知らない誰かに問う。
いつものように自宅に帰って三食入りの焼きそばかな。
飽きもせず具も入れずにただフライパンと油で作る料理。
味はともかくとして腹を満たすだけならこれで十分なのだ。
健康は崩してから気を使えとの先祖代々の教えを食事で守る。
経済的で不健康なそれを食するのは決まって昼食だけであった。
朝食は取らずか食べてもパン一つを律儀に守ることがほとんどだ。
その代わりと言ってはあれだが夕食はひたすら好きなものを食べた。
根が貧乏臭い上に外食が嫌いなタチだったので買うのは弁当ばかりだ。
追加で購入する惣菜もコストパフォーマンスを気にして贅沢ができない。
結局私は食べることに無関心であり生のためだけに食うだけの人間なのだ。
だがそれでもテレビやインターネットで紹介された店に興味を抱いてしまう。
本当に食べることはせずにただ美味しそうだな食べてみたいなと思うだけだが。
幸か不幸か今日は朝からの用事で比較的そういった店が多い街で活動をしていた。
手間のかかる案件だったが冷静にいつも通り問題を解決して自由の身となるのだ。
さてこれから昼食を摂ろうかと街を歩き回るが結局何も食べたくないことを知る。
優柔不断の真骨頂は選ばないことで悩んだ末に選ぶ人間は真の優柔不断ではない。
歩を進める先には駅の中央口が広がっており大量の人間を飲み込んでは吐き出す。
突如鼻に届いた香りを感知したとき私の頭から焼きそばを自宅で作る選択は消滅。
出所を探そうと駅前に設置された煙たさが鼻と喉を痛めつける喫煙所を横切った。
進んだ先に何があるのかわからないけど気になる匂いに私の感情は高ぶっていた。
心が震えて心臓が高鳴り胸が苦しく腸が緩み肺の中の空気が抜けて胃が痛んだ。
二度と経験したくはないが恋に落ち愛に飢えた体調不良はこんな感じだろう。
こぼれ出す笑みが何によって生まれているのか私は多少気づき始めていた。
それでも無心で走って向かうことが私を変える何かになるのではないか。
怪訝で訝しげで怪しい私はさぞや通行人に対して目立っているだろう。
彼らとは関係ないことは明らかであるし言ってしまえば私の問題だ。
勝手に学校と職場と飲み屋の話題として語り継いでもらえばいい。
おいしいカレーパンと書かれた看板を見つけ私は思考を止めた。
いらっしゃいと人を何人も消してそうな厳つい店員が尋ねる。
メニューは男らしいのか適当なのかカレーパン百円のみだ。
香ばしく刺激的なカレーの匂いが通行人の意識を集める。
だが誰しもが店員の傷だらけの顔を見てその場を去る。
正直私に逃げたかったけどそれ以上の誘惑が会った。
どうしてあれだけ離れていた私に匂いが届くのか。
そしてなぜカレーパンを探すために走ったのか。
私は食に対して興味を抱かないと思っていた。
これを一ついや二つやっぱり三つください。
無愛想に不恰好に渡された紙袋は暖かい。
袋から漏れ出す魅力の香りに涎が出た。
何を食べたいかなんて私は知らない。
でも今この瞬間はこれが食べたい。
口元から漏れ出した唾液を啜る。
店員が紙ナプキンを差し出す。
なんとも恥ずかしい光景だ。
店員のごゆっくりどうぞ。
横にあった椅子に座る。
私はこれを食べたい。
お腹が空いたんだ。
食事したくない?
そんな馬鹿な。
カレーパン。
齧り付く。
広がる。
辛味。
幸。
食は幸せ 幸せな食 介裕 @nebusyoku
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