第108話 三つの遺跡

 シーアライドを離れる日がやってきた。来てからも思ってもみなかった出来事の連続だったが、出ていく時も信じられない状況にある。


「では行きましょうか」


 リュデルとその付き人メメルとフルル、その三人と一緒に俺たちはシーアライドを出ることになった。こんなこと予想出来る訳がない。


 次なる目的地は今はなきゴーマゲオ帝国領、オリガがしゃべった情報によると、そこにグリム・オーダーの基地があるという。


 そこまでの道のりを馬車に乗って進む、船とはまた違った揺れがあって、ゴーゴ号の方が速いし快適だなと思っていた。


「なあリュデル」

「はい?」

「もうそのわざとらしい敬語とか使うなよ。それあんまり好きじゃない」


 俺ははっきりとそう言ってやった。前々から思っていたことで、いつか言ってやろうとタイミングを見計らっていた。


「何を言うかと思ったら、僕は常日頃から誰であろうと敬意を払っています。わざとだとか、そんな底の浅いことはしませんよ」

「そんなこと言われなくても分かってるよ。なんとなくだけどな。俺が言いたいのはそっちの方じゃあない素で話してくれってことなんだよ、お前は敬意をもって対応しているんだろうけど、見下されているようで好きじゃあない」


 リュデルは意外そうな表情で目を丸くした。そして感心したように頷く。


「ふんっ、ではお言葉に甘えさせてもらおうか」

「リュデル様」

「黙っていろメメル。これは僕とアーデンのことだ、口を挟むな」


 たしなめようとしたのかメメルが発言するも、にべもなくリュデルに遮られてしまった。


「言っておくがなアーデン。僕は常に他者に対しては必ず敬意を払って接している、学ぶべきところが少ない相手にもだ。程度に差はあるがな」

「ようやくお前と腹を割って話せそうだな。普段からそうしていたらどうだ?」

「断る。僕には僕の美学があるからな。それで?お前は何を聞きたいんだ?」


 俺は確かに聞きたいことがリュデルにあった。でもそうと伝えてはいないはずだ。どうして分かったのかと面食らった。


「…お前から見てこれからシーアライドはどうなると思う?」

「まあ予想通りの質問だな、滞在して情が移ったか?」

「そりゃ少しはそうなるだろ」

「僕には理解できない感情だ。行く場所行く場所に思い入れをもっていたらそのうち身動きが取れなくなるぞ」

「いいんだよ。これが俺だ」


 リュデルにも美学があるのなら俺にも相応の美学がある。言いっこなしだと言外に伝えた。それを汲んだのかリュデルは一度頷いてから話しだした。


「お前がどう思っているかは知らんが、首をすげ替えるというのはそう簡単な話じゃあない。特に問題があった首を替えるとなると内部はガタガタになる」


 それは城内を見ているだけでも分かった。混乱しているのが傍目に見ても明らかだった。


「これからのシーアライドは、情報を掴んだ各国からの介入を受けるだろう。方法はさまざまあるが、屋台骨が揺らいでいる国を動かすのは容易い。シーアライドは優れた港を持ち合わせているし、商業的な価値も高い。欲しがっている国は多くある」

「そうか…、やっぱり前途多難だな」

「当たり前だろう。当然僕もエイジション帝国へ報告書を送った。運よく内情を知る機会も得たからな、帝国はすぐに動くはずだ」

「お前そんなことをやっていたのか、冒険者としての立場を利用して卑怯だとは思わないのか?」

「思わないね。僕は確かに冒険者として活動しているが、立場は変わらず帝国の一貴族だ。自国の利益を考えて動くのは当然のことだろう」


 俺はリュデルを睨みつけたが、リュデルの方は涼しい顔をしている。これに関して何を言っても無駄だというのが、言われなくとも伝わってきた。


「なんとか穏便にはいかないか?」

「いかないだろうな、あくまでも僕の予想だけどな。言っておくがお前の故郷のファジメロ王国だって動くぞ。いや、もう動いているかもしれないな。あそこは間諜を多く放っていると聞く、国王の手腕かはたまた家来の才覚か分からんが、僕はそれを高く評価しているよ」


 ドキリとした。ここで自分の出身国の名前が出てくるとは思わなかったからだ。浮かんだのは母さんの顔、厳格で冷徹、優秀な働きぶりから鉄の女と呼ばれていた。


 どんなことをしているのかを詳しく教えてもらったことはないが、もし母さんがそういった事柄に関わっていたとしたら嫌だなと思った。甘い考えなのかもしれないけれど、そう思った。


「…お前が気にする必要はないとは思うがな」


 リュデルは少し間を置いてからそう言った。


「俺はそれほど薄情になれないんだよ」

「そういう意味じゃあない。遅かれ早かれシーアライドは瓦解の道を辿ったはずだと言っている。オリガ女王がいつからグリム・オーダーと接触があったのかはハッキリしないが、お前たちが訪れなくともいずれカイトを使った動きをしていただろう」


 名前が出てきたカイトは「ん?」と声を上げて自分を指さした。リュデルはこくりと頷いてから話を続ける。


「最後にはカイトを使いつぶしてオリガ女王は破滅していただろうな。もしもの話をしても仕方がないが、結果としてお前たちは最良を選ぶことが出来たと僕は思う。国の混乱も、オリガ女王が暴れたあとでは修復不可能だっただろうからな」


 これは、分かりにくいけど、もしかして。


「励ましてくれてる?」

「馬鹿か。事実を述べたまでだ」


 そう言うとリュデルはふいとそっぽを向いた。励ましだったのか、それとも本当に事実を言っただけなのか、分からないけれど俺は口元が少し緩んでいた。それをごまかすために俺もそっぽを向いて外を眺めた。




 旧ゴーマゲオ帝国領までの道のりは長かった。途中で何度か大きめの街や都市を経由した。あともう少しという時に立ち寄った街で、食事を取りながら話をした。


「旧ゴーマゲオ帝国領まではもう少しなんですよね?」

「ええ、拠点となる集落まではもう時間はかかりませんよアンジュ様」

「そうですか。時間はかかりましたが様々な場所を見て回れたのは有意義でした」


 一緒に行動していると、最初にあった気まずさやわだかまりも解け、親交を深める時間も出来る。アンジュはメメルと気が合うのか、よく話をしていた。


「おいっカイトの兄貴!食い終わったらもう一度手合わせしろよな、次はあたしが勝つ!」

「フルルちゃんよお、何度やっても結果は同じだと思うぜ?」

「いいや、今度こそお前の息の根を止める方法を思いついた!今度は絶対上手くいくね!」


 物騒なことを言っているフルルだが、暇つぶしにと始めたカイトとの手合わせにすっかり夢中になっていた。戦闘に自信があったフルルは、何の技術もないただ強いだけのカイトに捻り潰されて以来、対抗心に火がついたようだ。


「まったく騒々しいな」

「メメルとフルルっていつもはああじゃないのか?」

「弁えさせているからな」

「あんたがそうやって抑圧するからはっちゃけてるんじゃあないの?」

「知らん。そんなことより食卓に工具を持ち込むなレイア、マナーだぞ」


 俺とレイアはリュデルとよく話すようになっていた。よくとはいっても頻回ではない、気が向いたときにすこしだけやり取りを重ねる程度だ。距離感が掴みきれない微妙な知り合いという位置だと思う。


「ところでさ、旧ゴーマゲオ帝国領ってめっちゃ広いだろ?そこを虱潰しに探すのか?」

「まさか。もう目星はつけてある」

「目星って?オリガが場所を教えてくれたんじゃあないの?」

「やつにもやつなりの意地があったようで正確な場所までは喋らなかった。しかし、旧ゴーマゲオ帝国領であればエイジション帝国の研究機関の調査があらかた入っている。その中でも理由があって調査が進まない遺跡がある」


 リュデルは鞄から資料を取り出した。テーブルに三枚並べて俺たちに見せる。


「セ・カオ遺跡、ツ・エボ遺跡、ノ・シレ遺跡、この三つが怪しいとみている。詳細は現地で説明するが、僕たちはこの遺跡を調べることになる」


 上げられた三つの遺跡、そこにグリム・オーダーの基地があるかもしれない。一体どんなやつらで、どれほどの規模の組織なのか。多くの謎も脅威だが、ザカリーやオリガが見せたグリム・オーダーが持つアーティファクトとも魔法道具とも言いきれない未知の技術も驚異的だ。


 一体何が待ち受けているのだろうか、俺はコップの水をぐいっとあおり、湧き上がる不安を腹の底へと流し込み収めた。

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