第106話 談話と了承

 リュデルたちと別れ、俺たちは宿屋へと戻った。本来ここは、オリガが女王の時に用意してもらった場所で、今ここに滞在する道理がないのだが、城の役人のはからいで滞在を許されていた。


「なんともなあ」


 カイトが頭の後ろで手を組んで椅子にもたれかかる。ため息代わりに言葉をつぶやいた。


「よく分からんやつらだったな」

「ううん、私もちょっと複雑な心境ですね」


 アンジュもカイトも、初めて接したリュデルに対して複雑な思いを抱いたようだった。さもありなん、俺もレイアもそうだった。


「一先ず、リュデルたちの評価については置いておいて。みんなはあの話をどう思った?」


 旧ゴーマゲオ帝国領、そこを基地に使っていると思われるグリム・オーダー、調査におもむく必要性も妥当性も十分で、彼らの言う通り正式にギルドから依頼が発生するだろう。


 それを請け負うのがリュデルというのも、実力からいっても妥当だ。そこに疑いはない。ない、が。


「きなくさい」


 レイアがばさりと一言で言った。頷くしかない。


「本当のことをオリガが吐いたと思うか?俺ぁそこが気になるね」

「カイトさんの前でこう言いたくはありませんが、裏切り者の末路というのを彼女はよく知っていると思うのですが…」

「だよな」


 俺はアンジュの言葉に相槌をうった。簡単に本当のことをしゃべったとは思えない。


「それでも調べないわけにもいかないのも分かる」

「まあね、私もそれは同意する」


 レイアが俺の意見に同意すると、次いでアンジュとカイトがうなずいた。冒険者ギルドはシェカドの件で、グリム・オーダーに一杯食わされている。その危険性もよく理解しているだろう。


「俺が言っていいのか分からんが、嘘とか罠って可能性はないんだよな?」

「それはないと思う。リュデルたちにそうする理由がない、と思うってだけだけど」

「ない…、わよねえ理由。リュデルたちがグリム・オーダーの手先って話なら別だけど」


 レイアは本当に何気なく言ったのだと思う。でもその一言は、俺たちの間にピンと糸が張り詰めたような緊張が走った。


「それは…、可能性はあるのか?」


 カイトが俺を見て聞いた。付き合いが長いとみて俺の意見を聞きたいのだろう、しかしそれに応えられるだけの付き合いの長さがあるとは言えない。俺とリュデルはシェカドでの一件で一緒に戦った程度の付き合いだ。


 でも、その一時だけの経験だけでも言えることはあった。


「断言はできないけど、リュデルが俺たちに何か仕掛けてくるとしたら、もっと直接的に仕掛けてくると思う。もっと堂々と俺たちを潰しにかかってくるんじゃあないかな」

「回りくどいということですか?」


 アンジュの言葉に俺は頷いてこたえた。リュデルなら智謀策謀に長けているだろうが、なぜだか俺はリュデルなら正々堂々と正面から向かってくるだろうと感じている。


「根拠がなくて悪いけど、小賢しい策はリュデルらしくない気がする」

「よっしゃ!じゃあ俺ぁアー坊を信じるぜ。どうせ俺ぁあの坊ちゃまのことはよく知らねえからな」

「私もアーデンさんの判断に従います。しっかりついていって支えますから」

「そうね、私も賛成。アーデンが決めていいわよ」


 三人とも意志は固まったようだった。ならばと俺は顔を上げ、皆を見回してからゆっくりと頷いて言った。


「行ってみるか、グリム・オーダーの根城に」


 俺の言葉に、今度は三人が一緒に頷いた。




 アーデンはアンジュを連れ立ってリュデルの元へと返答をしに向かった。大人数で行っても仕方がないと言ってレイアは居残り、カイトもまたリュデルが苦手だという理由で一緒に居残った。


 レイアはカチャカチャと部品を組み立てながらカイトに話しかける。


「珍しいわね」

「何がだ?」

「あんたにも苦手な人とかいるのね」


 レイアからそうつげられ、カイトはポリポリと頬を指で掻いた。


「あの坊ちゃまの油断のない感じがどうもな。肌に合わないというか、ビリビリと刺激されるというか。兎に角居心地が悪いんだよ」


 それに加えてカイトには自分が警戒されるだけの理由があるとも自覚している。自分はグリム・オーダーの実験から生まれた人造人間、組織とのつながりは最近断たれたが、いつまたその毒牙が迫るかは分からない。


「出自が出自だけに仕方がないとは頭で分かってるんだけどな」

「なんだ、そんな事を思っていたのね」

「なんだとはなんだよ。俺だってそれなりに…」


 カイトの言葉を遮ってレイアが声を上げた。


「どこでどう生まれてどうしていたとか関係ないわ。今のあなたは私たちの仲間で、自分の力を他の誰かのために使いたいと願う優しい心を持っている。誰がなんと言おうと私がそう知っているのだから引け目に感じる必要はないわ」


 手元の作業を止めずに話しているものだからカイトからレイアの表情は見えなかった。しかし表情が見えずとも心が伝わってきた。そのことが嬉しくってカイトは頬を緩めた。


「ありがとよ、お嬢」

「別に。どういたしまして」


 その返答がレイアらしいとカイトはもう一度破顔した。レイアは照れ隠しをするようにカチャカチャと手元の音を大きくした。


「そういやお嬢。さっきから何を作っているんだ?」


 カイトはレイアの手元を覗いてみた。七本の細長い銃身や、その他雑多な部品が床に広げられている。カイトはそれを見てもさっぱり分からない。


「私、あんたに、武器、壊された」

「あっ!」


 カタコトで喋るレイアに、思い当たったカイトは口を抑えた。二人の戦いのなかでブルーホークとレッドイーグル、二丁の拳銃をカイトが砕いて壊した。様々な出来事が目まぐるしく起こったのでカイトはすっかり失念していた。


「ご、ご、ご、ごめんっ!!」


 バッと勢いよく頭を下げるカイトを見て、レイアはぷっと吹き出して笑った。不安げに顔を上げたカイトにレイアは言った。


「いいのいいの、からかってごめんね。形あるものはいつか壊れる、そのたびに改善点や改良点を見つけ出して作り直すのよ。その積み重ねが新しい技術の発展に繋がる、それが物作りよ」

「で、でも、大切なものだったんだろ?」

「そりゃ思い入れがないって言ったら嘘になるけどね。でも、アンジュが加わって次はカイトが仲間になった。アンジュは今のところ初級魔法しか使えないけれど固有魔法のおかげで火力は十分。あんたは言わずもがなでしょ?私だけ力不足なのは否めなかった」


 アーデンのもつファンタジアロッドは、いまだに発揮されていない力が眠っている。武装型アーティファクトの本領は、底しれない潜在能力にある。


 そしてアンジュの固有魔法、今はまだ初級魔法だけにしか適応できないが、ブースト、セットとバースト、どちらも対応能力が高い。そこにアンジュの成長が加われば、いずれは中級、上級の魔法にも適応するだろう。


 カイトは人の形をしたアーティファクト、生身の肉体でさえも数多くの人体実験によって破格の性能が備わっている。カイトは全身と一挙手一投足が高火力兵器であるといってもよかった。


「私だけ遅れをとるわけにはいかないわ。皆といっしょに冒険するなら、私の強みをどんどん増やしていかなくっちゃ」

「俺ぁお嬢が遅れをとっているとは思わないけどなあ」

「あんたが一発ぶん殴って魔物をこなごなにするのに、私は何発も弾丸を撃ち込んでやっとなの!危機感に差があるのは仕方ないけど、やっぱりちょっとムカつくわね」


 レイアはそう言うとまた作業に戻った。手持ち無沙汰になったカイトがレイアに聞いた。


「お嬢、俺がなにか手伝おうか?」

「いらない。繊細な作業だから」

「そんなあ…」


 がっくりと肩を落とすカイトを見て、レイアは唇を尖らせて言った。


「…じゃあ何かご飯作って。あんたのご飯美味しいし」

「よっしゃっ!そういうことなら任せておけ!」


 喜び勇んで部屋は飛び出ていくカイトを見送って、レイアはふっとため息をついた。そしてまた自分の新しい力を完成させるために手を動かすのだった。

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