ネオ

りび

世界のはじまり

「ネオ。お前は、この世界を完全なものとするのだ」


 ……それが、ワタシの聞いた最初の言葉。その意味は、その意図は、その理由は、願いは、悲しみは、救いは……。




 __ここは、どこだろう? このヒト達は、誰だろう? 何をしているんだろう?


 円柱状の透明な水槽の中、ワタシは澄んだ水に浮いていた。

 白衣のヒトが十人前後、薄暗い無機質な部屋、その中心に立つこの水槽を取り囲むように立っていた。そして、何かをしきりに言い合い、その度に頷き合っていた。

 その中に、佇まいが違うヒトがひとりいた。そのヒトはワタシの目を見て、それから隣にいた白衣のヒトが手渡した物を受け取り、ワタシを見つめたままそれに向かって話し始めた。


「やあ、ネオ。僕の声が聞こえるかい」


 急に何かが聞こえた。驚いたけど、落ち着いてみるとその意味がわかった。


 __聞こえる。


「そうか。経過は良好なようだ」


 __アナタは、誰?


「僕かい? そうだな……、君の『ご主人サマ』とでも言っておこうか」


 __アナタは、ネオのご主人サマなんだね。


 初めての会話で、ワタシの心は好奇心と嬉びに踊った。しかし一方、「ご主人サマ」の方はワタシに対する関心が薄いようで、すでに隣のヒトと何か話し始めていた。


 __ここはどこなの? 何をする所なの?


 ワタシは興味に溢れ、たまらず問い始めた。

 すると、ご主人サマは鋭い目線でワタシを睨みつけた。しかし、その時のワタシは今、明確な「怒り」という感情を向けられたのだということなど、知る由もなかった。

 無邪気な顔で回答を待つそんなワタシを見て、ご主人サマは呆れたというように脱力した。もちろん、その動作の意味もワタシは理解していなかった。


 「僕は君のご主人サマだと言ったね? それはすなわち、君は僕の「従者」だということだ。従者なら、ご主人サマに迷惑をかけるようなマネをしてはいけないよ」


 __何かを聞くのは、迷惑なの?


 ご主人サマは両手で頭を激しく掻きむしり、隣のヒトに持っていた物を投げつけるように渡した。そしてそのヒトに何かを喋ってから、部屋を出ていった。

 部屋の扉が閉まると、そのヒトは肩を落とした。それからゆっくり顔を上げ、こちらを向いて渡された物に話し始めた。


「わしの名はギルじゃ。これからお前さんの面倒を見ることになった。よろしくなあ、ネオ」


 __ねえ。何かを聞くのは、迷惑なの?


 これから親代りとしてワタシを育ててくれるそのヒトのことよりも、質問することが迷惑になるのかどうかが、その時ワタシの中で一番の関心事だった。

 「ギル」と名乗るそのヒトは、物腰柔らかに微笑んで答えてくれた。


「人に質問するのはいいことじゃ、何事も学びだからのお」


 __じゃあ、気になることは、質問、していいの?


「ああ、その通りじゃ。なんでもわしに聞くといい。大概のことは答えてやれるじゃろうて」


 ギルさんが自信満々にそう答えるので、早速気になっていたことをワタシは聞いた


 __それじゃあ、それじゃあ。さっきご主人サマは、なんて言ってたの?


「いきなり難問じゃのう……」





 それから、ギル博士に色々なことをたくさん、たくさん教えてもらった。ワタシは、ギル博士に感謝しても仕切れない。いつだって微笑んで、なんでも温かく答えてくれた。ワタシは、この日々のことを一日たりとも忘れたりしない。……そんな、幸せな毎日のはじまりだった。

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