スマートな親切

中央文藝部

第1話

親切


 常々、スマートに人に親切ができるようになりたいと、は思っているが、あまりチャンスは巡って来ない。わざとらしい親切ではダメだし、後で気付いても遅い。あくまでも、スムーズに、さり気なく、が望ましい。


 それは、当時大学一年生の次男がコロナに感染したような高熱が出て、市立病院に車で連れていった時のこと。よほど慌てていたのであろう、お財布を忘れてしまった。愉快でも何でもない、慌てていただけだ。つまり、カバンを変えたからだ。


 当時、コロナ診療は無料だったため、診察代・薬代は何とかなる。問題は駐車場代だ。車で行ってしまった。一瞬で、以前この市立病院にきた時の記憶が蘇る。駐車券を提示してスタンプ押してもらったから、駐車場代は無料になるはず。たしかそれでも、最低金額の100円がかかったはず。


 PayPay、ICカードも使えない。高熱の息子も、「俺PayPayならあるよ」と言ってくれたが、やはり精算機にはその機能は無さそうだ。PayPayなら私も100円くらいなら入っている。こんな時のために、お客様の声に「お財布忘れた時のためにPayPay使えるようにしてください」と書いて投書してくるか。いや、そんな悠長なことをしている暇はなかったのだ。


 車に息子を残し、バタバタと急いでる看護師さんをつかまえて、

「すみません。今日お財布を忘れてしまって、駐車場出れなそうなんですけど」

看護師さん、急いでるところ声かけられて、え?そんな事言われても?という表情。分かるよ、迷惑だよね。

「ATMでおろしてきてください」

「お財布忘れてキャッシュカードもないんです」

ATM行くなんて、言われなくても行けたら行っているし、病院内にもATMはあるのだ。


 すると看護師さん「駐車券スタンプもらってるなら、100円かかるかな、かからなかったかな、どっちだったかな、これは賭けだね!」と言い残し去ってしまった。か、賭けなのか。賭けるのか、バーが上がるか上がらないかに。


 仕方ない、賭けにのるか。まず車を出口まで走らせた。さっきまで出口に向かう車なんて見当たらなかったのに、何故か後ろに後続車もついてしまった。


 さて、賭けだ。いざ駐車券を挿入した。料金100円が表示された。その瞬間、賭けに負けた。そりゃそうだよ。最初から勝てると思っていなかったよ。


 さて、どうする?後続車に謝罪して、バックして先に出てもらうか?他の出口に回ってもらうか?(市立病院大きいので、駐車場も広く出口もいくつかある。大通りに出ない出口を選んだのに、この出口に後続車がつくという不思議)体調悪いとか、すぐにキレられたらどうしようとか思うが、まずはエンジンを切って車から降りた。


 後ろの車の窓をコンコンとノックする。窓が下げられて見えてきたのは、30代くらいのお兄さん、が1人だ。

「すみません。お財布を忘れてしまって、今、駐車場出れなくて…」とまで言ったところで、

「あぁ、これいいっすよ」と親指と人差し指で摘んでいた100円玉を差し出してくれたのだ。

おそらく、自分が精算機の硬貨投入口に入れるはずだった100円玉を。

 

 100円にお礼がしたいと連絡先を聞くのも、こちらはアラフィーのおばさん。逆に迷惑だと思い、「ありがとうございます!」と頭を下げた。急いで車に戻りエンジンをかける。

 ようやくバーが上がり、駐車場から出ることが出来た。そしてハザードランプで感謝を伝えた、伝わるのかな。検査の結果、コロナ陽性だった息子を公共機関を使わず自宅へ帰る。

そんな環境で出会えた親切。泣きそうに嬉しかった。これぞ、スマート過ぎる。これ、いいっすよって。


 残念ながら、こんなにスマートに親切する場面は未だ訪れない。しかし、駐車場で前の車がお財布を忘れて駐車場代払えないと車を降りて走って言いにきたら、これいいっすよ、と小銭を差し出す準備をしようと思っている。お財布を忘れなければ。

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