サンタクロース・ラスト ミッション

七倉イルカ

第1話 サンタクロース・ラスト ミッション01

 ある時期、クリスマスイブになると、我が家にはサンタクロースがきていた。

 眠った息子の枕元に、そっとプレゼントを届けると言った、つつましいサンタではなく、玄関のチャイムを鳴らし、ドアを開けて、リビングに入ってくるサンタである。

 「パパ! パパーー!

 サンタさんが来たよーー!

 降りて来てーー!」

 保育園に通う息子は、なぜか毎年、サンタの現れるタイミングで、二階の仕事部屋に消えている父親を呼び、サンタさんと対面させようとする。

 が、お察しの通り、当然、無理な話なのであった。


 世の親の大半は、子供にサンタクロースの存在を信じ込ませようとするらしい。

 もちろん、オレも、その中に入っていて、毎年のミッションを全力でこなしていた。

 12月24日。

 いつもより、ちょっと豪華な夕食を終えて、しばらくすると、架空の仕事関係の電話が入る。

 「パパ、お仕事の電話してくるからね」

 息子にそう言うと、後は妻に任せ、オレは二階の仕事部屋へと移動する。

 ここからは、時間との勝負である。

 あまり時間をかけると、息子に不審に思われてしまうかも知れない。

 鏡の前に座り、用意していた包帯を手に取り、ミイラの如く顔中に巻く。

 包帯の間から見える目の上に、作り物の白眉、口元に、長い白髭をセットする。

 ここまでやると、見ただけでは、正体がオレだとは分からない。

 白いボンボンのついた赤い三角帽子を被り、服の上から、フリーサイズのサンタの上着、ズボンを身につける。

 さらに靴下を白に履き替え、白い軍手をはめたら、音を立てないように階段を降りて行く。

 リビングに通じるドアが閉じられているのを確認すると、静かに暗いキッチンに移動し、裏口から外に出るのだ。

 裏口から出た場所には、白いシーツを縫い合わせて作った、巨大な袋が用意されている。

 プレゼントの入った袋である。

 その袋を担ぎ、完璧なサンタクロースとなったオレは、外から玄関に回り、チャイムを鳴らすのであった。


 ドアが内側から開けられ、サンタに扮したオレが玄関に入ると、小さな息子は、「サンタさーーん」と、嬉しそうに抱きついてくる。

 ……すっげー幸せ。

 そして、息子に手を引っ張られ、リビングへと移動する。

 途中、息子が二階に向かって、「パパ! サンタさんだよ! 降りて来て!」と叫ぶが、はい、今、手をつないでいる怪しげなミイラがパパです。

 「パパは、お仕事で忙しいからね。

 ほら、サンタさん、プレゼントを持ってきているよ」

 妻の言葉の『プレゼント』に反応し、息子はパパを呼び出すことを割とあっさり諦め、「こっちこっち」と、オレをリビングへ連行する。


 大きな袋を肩から降ろしたオレは、中に手を入れる。

 袋一杯におもちゃを買ったら、とてつもない出費になるので、中のほとんどは、かさ増し用の膨らませた風船である。

 赤、青、黄色、緑と、カラフルな風船を次々と出し、最後に、息子が『サンタさんへの手紙』でリクエストをしていた、戦隊モノの武器やロボットなどを取り出す。

 プレゼントを受け取り、「ありがとう」とお礼を言う息子の頭をなでる。

 まだ、ちょっと舌足らずで可愛い。

 ちなみに、しゃべるとサンタの正体がバレるので、オレは一切しゃべらず、意思の疎通は身振り手振りでこなしていく。

 プレゼントを渡すと、息子と一緒に何枚か写真を撮り、サンタは玄関から去っていく。

 ……ガチャ。

 玄関のドアが閉じられた。

 ここから、また時間との勝負である。


 裏口からキッチンに入り、静かに二階の仕事部屋に戻ると、軍手を取り、サンタの衣装を脱ぎ捨て、靴下を履き替え、顔の包帯をほどいていく。

 服の上にサンタの服を着ていたから、けっこう汗まみれ。

 サンタからパパに戻ると、音を立てて階段を降り、リビングのドアを開ける。

 「電話、終わったよ。

 そろそろ、サンタさんが来る時間じゃないか?」

 白々しいことを言うと、「今、帰ったよ!」と、息子が慌てて立ち上がる。

 「まだ、外にいるから!」と、息子に手を引っ張られて、二人で寒い屋外に出る。

 「もう、いっちゃったかなあ」

 暗い住宅街を見回す息子。

 「あ! いたいた、あそこ!

 今、あそこの角を曲がっていった!」

 オレはアドリブで、適当な場所を指さして言う。

 「本当!?」

 「ああ、見えなくなっちゃった。

 また来年来るだろうから、その時は、パパも会えるかな。

 ほら、寒いから中に戻ろう」

 ここまでやると、息子は完全にサンタの存在を信じてしまった。

 もちろん、当時の年齢が、四歳か五歳だったって言うこともある。


 しかし、小学生になり、学年が上がっていくと、息子の耳に色んな情報が入って来るようになった。

 「サンタなんていないよ」

 「いるはずないじゃん」

 「プレゼントを買ってきてくれるのは、お父さんとお母さんだよ」


 ……。

 いよいよ、サンタクロースのラストミッション。

 息子に真実を伝える時期がやってきたのであった。


    つづく

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